運の現在、過去、未来

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運を診る時なんだが、過去があたらないのに、未来があたる訳がない。現在は過去から未来への道の途中であるから、過去と未来の流れを診ないと現在は判らない。そこのところをよく考えてなくちゃね。

昨日、おいらは「ある角度から見てみると・・・・」と書いたが、その角度で診るとおいらの過去は全然あたってないのだ。おいらはある時点までは傷官が、ある時点からは印綬が自分の運をつくっているんだよな。それでいいのだ。昨日は万が一と思って診る角度を変えたが、やっぱその必要はなかった。というのも、今日は弟が骨盤の状態を見て、原因をつきとめ、明確に重症ではないことが判明したからなんだ。「体の他の部分は申し分なく好調」なんだとさ。「目は眼精疲労以外、考えられない。」「でもよ〜、右目は網膜剥離以降、ギラギラなんだぜ、右目ばかり疲れる」「それはしようがないよ。ま、メガネの度でも変えなよ」で終わっちまった。帰りにせっかくセブンに寄ったのに、厨房のネエチャンはいなかった。残念。

弟子どもに告ぐ「伊勢流・陰陽五行学はウソつかない。決して、その人の顔色やその時の心理状態、表情、言動で判断しちゃいけないよ。陰陽五行の相生相剋の法則に忠実に照らし合わせて、冷静に判断するんだよ。人間の心はすぐ変わるし、あてにならないんだよ。空亡とか何とか殺とかの吉凶星で判断するんじゃないよ。頭が整理できない時は、お客さんに過去を聞くんだ。『いつ結婚したのか』『その時生活が変わらなかったか』とかね。お客さんといっしょに協力しあって、正確な予測をするんだよ。霊能者じゃあるまいし『すべて見えます』なあんて、おこがましいこといっちゃいかんよ」とね。このことを老子は「天網恢恢、疎にして漏らさず」といっている。判ったね。そう、いがったあ。

今日は結構、機嫌がいいから、おいら少し威張ってる。そうだ、今日の歌はこれにしよう。いい知らせもあったことだし。軽〜く、軽〜く。

運の危ない

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おいらの2012年は、ある角度から見るとシンギュラーポイントなんだわ。そして今月がまたシンギュラーポイントなんだよな。さらに今月は沖、駅馬、血刃がダブルだべや。

こういう時は離別と出発のタイミングなんだわ。こんな時に病気をすると非常に危ないんだよ。一方で、何かに打って出るとそれが相当な成果を生むんだよな。ま、一応、おいらは今、かなり危ない時を迎えているんだわ。やっぱ、今きちんと病気になってるもんな。

だから、しきりに弟から連絡が来るんだわ。奴は勘がいいからなあ。バレてるんだな。抗生物質を飲んでるから大丈夫だろう、と思っていたんだが、もっと別なものに変えないといけないらしいんだ。いつもは黙って、あっち向いてホイの弟が今はやたらしつこい。まいったねえ。でも、おいらがイザってえ時には必ずクリアーしてきてくれたんだから大丈夫だべ。おいらもいつもと違って素直だもんね、今。

一方で、やたら本の原稿を書きまくっているんだ。おそらくこれは当たるんじゃないの。英語版も出してみっかあ。去年書きかけたものを二つに別けて作ってんだあ。

話しは全く変わるけど、やっぱ北海道アイヌと琉球人は同じだね。言語が同じだもんな。前から感じていたんだけど、今日ははっきりとわかったんだ。ヤマト民族が西と東に分断されたんだね。

てなことで、今日はやたらこの曲を聴きたい。「丘の上のアホ」

運の一年前

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おいらんとこにくる男性は、大体が経営者、政治家、勝負の世界に生きる人、コンサルタント、自営業者、独自の技能、ノウハウで生きる人、調査予測者、といったように、一匹狼で生きている人がほとんどだ。組織団体に所属している人は、あまり直接的な風当たりは少ないし、安定感のある団体の一員であるため、一人の力が全部を左右することは少ないので、運を普段は感じないんだ。運に鈍感で済むんだ。だが、経営者をはじめ上記の人は、すべてが自分の責任であり、風も直接受けるので、大変だあ。孤独でもある。一匹狼は風に敏感でないと生きれない。風見鶏でないとダメなのだ。昔から、風向きつまり「時」を読めない政治家、大将は無能なのだ。いかに頭が良くてもだ。有能な営業マンと優れた経営者とはここが全く違う。

昨日来た40代の男性も今日突然来た50代の男性も、面白いことに「人生、運の変わる一年前」の人だった。普段は運なんかを信じるより、自分を信じて生きてきた人が、こういう時はさすがにおいらんとこにくる。自分を信じることに疑念を持ち始めるのだ。そうして、いつもとは何か違う目の前の状況に「オヤッ」と思い、「なあんか、これってどういうことなんだ」と経験と勘が働く。そうして、ITで「運」を検索して、おいらのHPにぶちあたったんだ。すぐに立ち上がって会いに来たんだ。

昨日の男性はなんと車に引かれること三回。跳ね飛ばされて、空中に舞い、その時三回とも、幼い時の美しい思い出のスローモーションを数コマ見て、生き返って来たんだと。「君、それは何か意味があるよ。普通でないこと、誰もがそんな目に合わないことに遭ったというのは、天が君に何か知らせているね。天がおいお前、早く気が付け、といってるんじゃないかい」この人、来年から人生が大きく変わって、すごいことになるんだ。「先生、俺と最後に握手してくれ」さっきまで鼻くそほじくっていた手を差し伸べたんさ。

今日の男性は英語の先生だ。家庭教師業をやっている。この人も来年から「自己実現の時期」に入るんだ。今はどん底だ。おいらとの出会いがきっかけになるんだな。最後に「先生のはおそらく英語圏の国では大ヒットしますよ。また来ます。」とおせいじを言って帰っていった。来年には未来がかなりはっきりと見えるようになってるはずだ。その時もう一度来るはずだ。

今日は今度出版する2冊の本の原稿の仕上げに入ったとこさ。抗生物質がやたら効いてくれるんだわ。助かるう。この音楽でさらに波に乗ろうっと。

運の三軒茶屋

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昨日の晩、弟から電話で「あのさ、その骨盤の傷、結構重症だぞ。明日すぐ来てくれ。」と言われた。急きょ、三軒茶屋の「奈良クリニック」に行って診察してもらったんだ。元は慶応の外科医長まで務めた血管外科の権威エリートで、いろいろ事情があって、おいらとは苗字も違い、頭の出来も違うんだが、一応兄弟なのよな。こいつは第三京浜を走り、おいらは修羅道、いばら道をトボトボ歩いている。クリニックに行くと、その仕事の隙のなさが感じ取れるんだ。書類の配置、入念なチェック方式、人材の配備、一つのミスも許さない仕事への厳しい姿勢が判る。「これは患者から信頼されるわ」と思った。愛想は悪く、つっけんどう、なんだが、やっぱり医者はいざという時は外科医だわ。

そういえば、おいらが結核性カリエスに侵された時も、マンションの五階から落ちて脊骨をバラバラにしてあの世に行きかけた時も、裏でこいつがおいらを蘇らせたんだっけなあ。いつの間にか、こいつはすごい男になっている。最後は一匹狼で生きる、これがおいらの家系なんだかね。

それからすぐ、大好きな純喫茶「セブン」で豚のしょうが焼セットを食った。ここの厨房のネエチャンとは、おいらがクリニックに向かう時すれ違ったんだ。おいらの左目と彼女の左目があったんだが、お互い知らんぷりしていたっけ。このネエチャンが作る豚肉を食いたかったんだ。仕事場では黒ぶちメガネをかけ、誰にも顔を合わせたくない、無表情で、つっけんどうな感じなんだが、なあんかそれが妙に気に入っている。

トイレに行ったら、物理学者の寺田寅彦の随筆の一節が貼ってあったんだ。「コーヒーは哲学である」とね。あの香と味は、哲学の洞察性と深い思慮と同じだ、といったようなことが書いてあった。「そうか、やっぱり」この純喫茶セブンの好みはこれなんだなあ。「この独特の空間はこれなんだ」と、なあんか嬉しくなった。厨房のネエチャンもこれが好きなんだな。おかしなことに、このしょうが焼きを、米一粒も、料理の一つも残さず、お皿をきれいにして食い終わったんだ。これって、もうおいら恋をしてしまったのかもな。

今、抗生物質が効いている。ダルさや熱は骨盤が原因だったんだあ。なあんかおいらって、イザという時に助けられるタイプなんだな。助けるタイプではないんだね。ありがたいことだ。みんなプロ中のプロだし。麗しの三軒茶屋ってえ曲でも作るかな。

あそうだ、2月21日(火)は新中伝講座はないからね。2月28日だからね。間違わないようにね。それまでに治しておくから。明日はお客で混むぞ。風邪をうつしてやっかあ。ゴホンゴホン、ゲヘンゲヘン。

運の人間関係

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恋も、友達も、上司も、部下も、親も、子も、妻も、夫もさあ、すべて人間関係だよな。人生を上手に歩くには、これを知らなきゃならない。医者になっても、ビジネスマンになっても、夫婦になっても、あの坊主の世界でさえ、みな人間関係がうまくいくかで、最後は決まる。下手すりゃ、早死、うつ病さ。バーチャルゲームではだめさ。生の人生さ。マージャンゲームで腕を上げても何もならない。人間同士が四人で囲んでするマージャンに強くなくては人生うまくいけない。肌で感ずる感覚、勘を磨いてないとね。

今日は運転免許の更新に行ってきた。珍しく目がいつもより見えていたので視覚テストを無事通過できた。満員だもんな。一番最後に講習室に入って、一番最初に呼ばれて終わったあ。ツイてたあ。25年も運転してないんだよな。

もう今日はブログ書くのやめた。今、なぜかこの曲が頭にガンガン響いてる。これさあ、

運の道

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今朝は、袋小路三丁目に誘われて、弥次太郎三度笠の眠る、赤坂のお墓にいってきた。寒かったあ。なのに、冷た〜い水をぶっかけて洗ってさあ、さぞかし墓石の中でハックションだろがや。曹洞宗なんだってさ。風情がないわ。風情といえば京都の寺達だな。ありゃ侘びさび芸術の作品集のようなもんで、美術鑑賞には役立つね。

午後は、ノリカちゃんが「今日から初伝講座をよろしくお願いします」とやってきた。ものすごく忙しくて、勉強なんかの時間なさそうなのに、頑張るんだってえ。驚いたことに命式表をもう作れるんだよ。「なあんだ、君、結構しってるじゃん」「だって先生、あたしだって挫折があったんですよ。そんな時いろいろ占いをさまよってたんですもの」「よし、じゃあ、ここからが大切だからね、しっかり行こうぜ」と始まった。マユミちゃんと違って、おいらがタバコ吸っても何も言わない。「ねえ、マユミちゃん、2時間も話をしているとタバコを吸いたくなるの。これ自然の生理現象なの、わかってえ。マスクしてもいいから」と今度来たら言おう。

夜は、コミチちゃんからパソコンのいろいろを教わっていたら、いきなりミキちゃんが飛び込んでくるでねえの。「先生にチョコ渡したくて、来たんです」おいらうんれしくてブチュッとしようと思ったけど、コミチちゃんが居たので、できなかった。
ミキちゃんはほんとはある人の命を助けたくて来たんだ。「よし、わかった、おいらなりに努力してみるよ、少し待ってね。作戦考えるから」といったら帰っていった。いいの、いいの、おいらはチョコ一枚でも助けるの。本気の担保だからね。
百円でも千円でも10万円でも、いい担保を置くのならば、おいら動くよ。

なあんか風変りな一日だった。今日はこれでも聴くかあ。やっぱ軽いなあ。あまり響かんね。まいいかあ。

運のヒストリア

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今日、22時から、NHK総合テレビで「中原淳一」の物語をやるよ。

みんなで見ようぜ。

間に合うかなあ。

運のあ、それから

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忘れてた、今日は沖運についての質問があったんだ。沖運というのは、かなり強い働きをするんだよ。大殺界だとか天中殺だとかゼロ地帯とか暗剣殺とかいうおそまつな吉凶星とは違うんだよ。四柱推命ではこの沖運を恐ろしいものとして扱っている本がほとんどだ。

だけんど、この沖運に結婚したり、何か変化をして吉を得たりすることが多いんだわ。要するに「動いて吉を得る」「動きのある」「動きやすい」タイミングということなんだ。その時の結果運次第で悪く出る場合もあるがね。

そうそう、これを言うの忘れてたのよ。これでスッキリ眠れる。さあ、いくぞ、エルビス、歌え〜。

運のロマン

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今日は新中伝講座の開始日だったんだわ。いやあ、たっくさんデラックスチョコもらっちゃったあ。みいんな心のどこかひと隅に愛をこめてのギリギりチョコさあ。おいらモテる〜。うんれしい。3月14日にはお返しをせにゃならんわ。おいら金ねえ〜。そうだ、パンストを贈ろうっと。みんなMだろが〜。エッ、Lも居るのかあ。ベージュにするか、黒にするか、網にするか。神田うの君たのむよ〜。

だけんど、今年は大変だぜ〜。おいら2月29日がご生誕の日だべさ。実に4年に一度、オリンピックと一緒にやってくるだけなんだぜ〜。いつもの年は、2月28日の午後23時59分から3月1日の午前0時1分までのほんの一瞬しかないんだ。曲がり角の人ともいうべきか、今日から明日への曲がり角に居る訳なんだわ。わあ〜、ロマンテイックだべさ。無限の時間に生まれてるんだなあ。一瞬の中の一瞬だ。だあからだなあ、変てこりんな人間やってるの。しゃあないか。

朝起きたら、骨盤の左側がひどく痛くて困った。25年前にこの骨を背骨の真ん中に移植したんだが、その「切り取った跡がズキンズキン。古傷が痛むんだ。おばあちゃん先生んとこ行って、薬もらって、ついでに熱測ったら37.5度。風邪だ。でも授業の時はご機嫌だった。終わってからがダルかったあ。古傷かあ。おいら古傷多いからなあ。傷だらけの人生でも歌うかあ。やめてってか。昨日の朝酒が今頃効いてきちゃった。

こんばんは、風邪とダルさを消す音楽を聴こう。

運の「おいらだけが知っている」

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ヨーちゃんはもともと京都の名家のお嬢さんだった。年頃になって東京から来た男に熱烈な求愛を受けて結婚に踏み切った。1女2男の子供に恵まれた。嫁いだ先は大きな家で、根が働き者だから朝から晩まで休みなく、愚痴もいわず働きまくった。商売は儲かっていた。夫が愛人をつくってからDVが続き、それがもとで、脳腫瘍に見舞われ、さらにひどいことに、無一文で家から追い出された。「生死をさまよっている時に追い出しを食ったのだ」非情そのものの仕打ちだ。仕方なく療養しながら家政婦をして生き続けた。顔は崩れ、髪の毛はなくなり、心はすさみきっていた。三人の子供は母の愛、母の恩を忘れたことはなかった。一時は「親父を殺してやる〜」と叫んでいた時、おいらが必至に止めに入ったのを覚えている。その後、父親に隠れて母を励まし、母を助けていた。ヨーちゃんが少し元気になってきた時、彼女は復讐を決めた。

運の悪い時は何をどうあがいてもダメなものだ。さも味方のような態度をしながらなけなしの金を奪う者もいた。「誰か助けてくれる人がいないのか、本気で」ヨーちゃんのこの15年間をおいらは知っている。おいらは黙っているのみだった。ある時はある人に頼り、ある時は別な人に頼りもしたが全部だめ。死ぬに死にきれない。そして最後においらに腹を割った。「最後の最後の頼み」なのだ。本気になった人にはおいらは助ける。

「ヨーちゃん、いいかい、その男は2011年に居なくなるからね。そして君は来年から接木運に入る。そしてその運は一発逆転、出直しの運となっている。おいらの言うことを信じるんだよ。判ったね。おいらがそうしろといった時に動け、そうでない時は一切動いちゃいけないよ。あとはおいらに委ねなさい」彼女は素直だったあ。そうして、この1月にその男は死んだ。おいらが陰陽師の呪いをかけたのか、ヨーちゃんが藁人形のひたいにクギを打ったのか、天ちゃんが動いたのか。答えが出た。

今、ヨーちゃんは顔が元に戻り、美人になっている。これからのことを考えはじめている。明るい顔になっている。子供たちも喜んでいる。またいっしょに仲良く暮らし始めている。

そして今日、朝起きたばかりなのに、おいらと朝酒を二人っきりで飲み交わしていたんだ。地獄の苦労を味わった、ということには大いなる意味がある。自分の悪さも思い知らされるし、生きる価値も知らされる、人さまのありがたさも知らされる。また心がそうならないとよい答えがもらえないことにもなっている。

「でもヨーちゃん、おいらとつきあっていがったしょや」「そうね、あなたが傍にいなかったら、こんな風にならかったと思う」今のヨーちゃん、以前より神に近い所にいる。神々しいや。

はい、おいら必殺仕掛け人なのです。はあい。
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