zusitto逗子■てくたく日記

海と山に囲まれた神奈川県逗子市から発信する日々の のほほん生活

たくのつぶやき

ゆく年くる年

巳

あっという間の大晦日です
今年はここに記すべきこともたくさんあったのに
結局、数本の日記を書いただけに止まりました

ネットに割いていた時間を
暮らしに振り分けて
前よりも余裕をもって生活したおかげか
今年も風邪をひくことなく過ごせたことに感謝です
ただ、これで良いのかなあという自分もいたり

今年の年末は忘年会も極力少なく
計画的にことを進めました
今日は朝から明日のための御節作り
ことことことこと
お鍋の蓋が揺れる音のなんて心地よいこと
こんなに落ち着いた年末は久しぶり
紅白と同時に乾杯できたなんて始めてのこと
ただ、これで良いのかなあという自分もいたり

良いのかなあなんて今まで思ったこともなかったのに
年を重ねて得る悩みもあるんですね

今は、どんな暮らしが自分にとって心地よいのか
あっているのか
取捨択一のときだと思っています
減らすものは減らす
持ち物も人も
年を重ねて「もう一花咲かす」と輝く人もいるけれど
私はそろそろ枯れる準備をはじめるとします
なにせもう折り返し

無理をしない
ほどほど
来年のキーワードもそうなるかもしれません
ドタキャンばかりもそんなこんなでごめんなさい
でもドタキャンは良くないね
企画をする人はドタキャンはしない

旧い巳の文字は
よく釣れる鈎針によく似ている
静かに竿をたらして
寝ているんだか起きているんだか
そうしてなにか素敵なものを釣り上げている
そんなイカした年寄りになりたい

来年の私はどうあるべきかと考える
答えはない
ただ、あの人のために
あの人たちのために
正直な自分でありたいと思う

今年も一年ありがとう
新しい今年も素晴らしい一年でありますように
東北の皆さんが温かい気持ちで過ごせる日々が
一日も早く訪れますように

twitterのこと

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kasanとはtwitterを通じて知り合った。なんでも3knot&サボリクラブの3Gさんがkasanに「2人は似てるからきっとあうよ〜〜〜」と太鼓判を押していたのだそうだ。つぶやいているうちに仲良くなって、一度は会う機会があったけれどタイミングがあわなかった。そうこうしているうちにkasanは日本を離れてC国へ。それがいよいよ、一時帰国にあわせて大船でこうしてお会いできることになった。
大船に着いたら、やはり以前、凛桜のリンダさんから紹介していただいて今はすっかりtwitterで仲良くしてもらっているnorikoさんがいて驚いたのも束の間、今twitterで展開中の腹凹部の凹コーチである1000cupsさんや、ハンドルネームだけでお顔は知らなかった皆さんとも知り合えた。SNSなんてとんでもない、私にはあってないと思っていたけれど、こうしてリアルにお会いできるのは特別なこと。ネットの上で話したことがあるせいか、初対面の緊張感が少ない(まあ、もともと私は最初から少ないほうではあるのだが)のもおもしろい。帰りは、お酒を飲まないfzikoooさんに車で送ってもらった。昔では考えられないような出会いだったけれど、すべての繋がりに感謝。こうして戴いた機会がまた何かに繋がっていけばいーな。

反原発デモのこと

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国会議事堂前反原発デモに参加しようと決めた。東日本大震災以来、制御不能になった原発がやっぱり人の手に負えるものではないとわかったし、処理するのに10万年もかかる材料なんてクレイジーだと思った。そして今年2月には福島の警戒区域に入って、人が住めないこんな広い空間が日本にあちこちできたらと思うとぞっとした。先週の4万人デモは行われてから知って、時すでに遅しだったが、今回はtwitterでその情報を掴めた。今回は10万人が参加するという。デモなんてヒステリックでいやだとも思ったけれど、自分は賛成なのか反対なのかの意思は示したいと思ったし、その状況を自分の肌で感じたかった。行くと決めたら福島の双葉の友人から電話が入った。「デモは行かない。双葉の人間はみんな東電で働いているし、住み続けなきゃならない。だからグレー。都会の人はそこをわかって」と言われた。気持ちはわかる。わかるけれど、これは福島の問題だけではなく、日本の問題。私の問題と思って決意は変わらなかった。
デモは18〜20時にかけて行われる。私はちょうど18時に着いた。一緒ではないけれど、友達も参加している。国会議事堂駅の中は「デモに参加される人は2番へ」と交通整理までしている。

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渋滞の階段を上がり地上に出ると、たくさんの参加者が自分のやり方で反原発をアピールしていた。

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人種、性別、年齢を超えて人が集まっている。でも、もっと人が出ているかなという予想はなんとなくはずれ、こんなものかなと思いながらとりあえずデモに参加しようと歩を進めた。

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でも歩いても歩いても、デモの最後尾が見つからない。数メートルごとに立っている警官にうながされて進むと、その最後尾は国会議事等から遠く離れた新霞ヶ関ビルにあった。

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並んでも、人が多すぎるためかなかなか前に進まない。「原発やめろ、再稼動反対」のシュプレヒコールが始まった。最初は小さかった声がどんどん大きくなっていくのがわかった。先週も参加した人が、「今回は軽く倍を越えているわね」と呟いた。

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前回のデモは記者の取材がなかったようだが、今回はあちらこちらにレポーターが立っている。

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日が暮れて19時00を過ぎると、どんどん人が増えてきた。19時45分には規制のかかった官邸前、財務省前を中心に溢れんばかりの人である。「原発反対、再稼動反対」の声が一際大きく、強く結ばれていく。

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ヘリコプターが何機も空を旋回している。霞ヶ関のビルから誰もこの様子を見ていないのが不思議だった。

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デモはこんなになっているのに、車両規制はないから、「車両規制しないと怪我人が出るよ」と参加者の男性が警官に言って、軽く無視された。でも、ここに参加しているのは、迷惑をかけられて困っている人たちだから、人に迷惑をかけるようなことはしない。譲り合ってたんたんと19時55分を迎えた。「皆さん、これで今日の抗議は終了です。これからも抗議を続けられるように、速やかに解散してください。知らない方に、抗議は終わったと伝えてください」と呼びかけがあると、みるみるうちに終息した。デモの参加人数は結局約18万だと聞いたが、ニュースの取り上げはどうだったんだろう。

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デモは7月1日にも新宿中央公園で16時から行われます。18時にはアルタ前で抗議が行われるとのこと。デモに参加するしないは個人の自由です。でも原発をどうするべきか、それぞれがきちんと考える時が今だと思います。使いすぎのクーラーや照明をやめて、一人一人が昔の日本人のようにちょっとずつ辛抱強くなれば、電気の問題は必ず乗り越えられるはず。日本の総電力は最大だった2010年で1億7775万kw。今、水力発電は約4300万kw、火力は約1億3000万kw、自家発電は5384万kwある。電気の不払い運動も起きていますが、私はむしろ、反対する人は電気を使わなくすれば良いと思います。我が家の電気代は毎月だいたい3600円です。一人一人、節電する。デモに参加が叶わなければ、そういう反対活動もできるのかなと思いました。

原発のまちへ

南相馬

仙台から仮復旧工事を終えた仙台東部道路を走った。前日は雪が降っていて、高速道路から一面の白い平野が臨める。津波で流されて何もなくなった白い平野。助手席からも運転席の向こうにも、何もない景観。自然の行った真実にこうして圧倒されている。今年に入って、いまだに瓦礫処理のまったく始まっていない東北の町を取材したNHKの番組を見たときに、心底衝撃を覚えた。崩れた家、さらわれた壁が連なるその無常感。交通の便の良さを優先して、報道も復興も進む。「わたしたちは、何も知らされていない」。

知らされていない地域にいる人たちの孤独、恐怖、寒さはいかほどか

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特別な許可を得て、福島第一原発半径20キロ圏内が指定された警戒区域に入った。浪江町から南下する道は、当たり前だが人も車もまったくない。数台すれ違うのは、たぶん第一原発へと向かう車。家もない。木もない。いや、傾いた木と傾いた電信柱となぎ倒されたガードレールが遠くに見えた。誰も通らない道なのに、私達のためだけに、信号が黄色く点滅している。浪江の中心市街地では、印刷所が倒壊し、大きな看板がなぎたおされたまま。被害が大きかった請戸漁港には道路際まで何隻もの漁船が打ち上げられ、船底が腐らないように土のうのようなものに載せてある。小高い山の中腹に車がごろんと転がっている。家も転がっている。転がっているという言葉が、残酷なほどしっくりくる倒れ方だった。その中を、雁が大きな羽音を立てて何連も飛んでいく。白鳥がフロントガラスをゆっくり、ゆっくりと、優美に遮って飛んでいく。崩れたままの防波堤から高い波がこちらに向かって打ち寄せ、高くしぶきをあげているのが見えた。その高さに、遠く離れた道路の車に座っているはずの私の足がすくんだ。

誰もいない警戒区域を端から端まで走る。「半径20キロ圏内」。幾度となく聞いているこの距離が、単なる数字から時間的なるもの、そして狂おしい面積となって私に迫る。半径20キロ圏内とは、こんなにも広大かと。

東日本大震災を契機に、暮らし方、防災のあり方を皆さん考えていらっしゃると思います。今回、このような機会をいただいたことで、東日本大震災はやはり原発を抜きには語れないと改めて思いました。関東大震災のとき、日本は世界の国から温かい支援をいただいて、米不足のときには船で運ばれてきたアメリカ米で飢えをしのいだ。「長年の努力で築き上げた美しい町が一瞬でなくなった」と当時の兵庫県知事に言わしめた阪神淡路大震災も、どうにか復興しつつある。東日本大震災も、きっと日本の精神力で必ず、時間がかかっても乗り越えられると信じているけれど、音も香りも色もない町を見て、理屈抜きで恐ろしいと思った。自然が起こしたものは自然が癒してくれる。けれど原発が起こしたものは元に戻らない。そんな身体の内側に鳥肌がたつようなものを感じた折、お会いした避難区域の方から、「原発はなくせない」と真っ向から言われて驚いた。「東京の人たちは、電気こんなに福島から送られていたのになぜ他人事なの?」「こんなに電気を使っているのに、原発なくせるはずないでしょ」。なくせるか、なくせないか、数をもっと減らせるか、自然エネルギーの開発にもっと予算を拠出させるのか。その議論が日本に起こらないことが、いまそれこそが真に恐ろしい。半径20キロの広さ。今度ぜひ想像しながら車を走らせてください。入ってはいけないそんな広い空間が日本にあるということを風化させずに、どうか思い続けていてください。

サラスヴァティー頌

夜空
<photo  funyahe>

歩いても歩いても闇は抜けない
太鼓の音だけが
なんと厳粛で清廉だろうか
知らない道を進みたいのに
いつもどこか見た道を歩いてる
ろろろ
探しても探しても見つからない
ろろろ
わかっているのにわからない
吸う息と吐く息と
同じ数のはずなのに
いつもどちらかに偏っている
何を見たいのか
何を見つけたいのか
歩いても歩いてもわからない
月もないような暗い道
タクシーに乗ってもいいと思うようなときに限って
タクシーは通らない
波の声を聞きたいと思うようなときに限って
こんな山道を歩いてる
歩きなさいと声がする
楽譜のない太鼓の高音が響く
耳を澄ます
高らかな空に向かって
どこに向かっても良いのだ
前にも後ろにも右にも左にも
行く手を阻むものはひとつもないのだから
立ち止まることも自由な中で
いつまでもいつまでも動いている
ほんとうは無表情でいたいのに
どうにか顔をつくっている
この清廉な音を
ただひたすらに聞いている自分が
これこそが自分ではないか
わかったふりも
わからないふりも
侮蔑のまぶたも
あふれる気ちがい水も
受け入れる自分も
受け入れない自分も
あそこに
ここに
むこうに
太鼓の音がする方に歩を進める
自由に
自由に

声がする

自由ほど不自由なことはないというのに

万年筆のこと今年のこと

万年筆

万年筆が好きだ。それを知ってかつての友人が数年前、一本の万年筆をくれた。それはたいそう高価なものでお父様の形見ということであったが、新品だし絶対に自分では使わないということで私に白羽の矢が立ったのであった。

しかし、戴いたもののそのペン先は「細字」で、「中字」「太字」の好きな私にはしっくりこない気がして放置していた。それが年末、銀座の伊東屋に行ったときに、「ペン先を中字か太字に変えてみよう」という気になった。その万年筆メーカーの担当に希望を伝えると、少し不思議な顔をして数分いなくなった。新品の万年筆の先を変えるなんて、変わった人間だと思ったんだろう。戻ると「3万5千円とちょっと」という返事で絶句した。今の私にはその金額はどうしてもぽんとは出せない。「暫く考えます」と応えて、あえてゆっくりとその場を離れた。

その夜、結局いつもと同じ使い古しの万年筆を使って、年賀状の宛名を書き始めた。5枚書いたときに、「そういえば、あの新しい万年筆を使ってみようか」という気になった。実際に使ってみて、ペン先を変えたほうが良いようなら、来年からは毎月貯金でもしようかとうっすら考えたのだ。

書き出して、すぐにはその万年筆の特徴を掴むことはできなかった。ただ、3枚目に突如私は理解した。新しい万年筆が、これまで使っていたものとはまったく次元の違うものなんだということを。新しい万年筆はどこにも引っ掛かりがなく、手に負担がかからない。書いても疲れないから書くのが楽しくなってくる。ランナーズハイならぬ、ライティングハイである。83枚を書き終えて、まだ書き続けたいと素直に思えた。このペン先を磨くのに傾けられた技術力を思うと、まるで遠い星の彼方からやってきたようにすら感じられたのだ。

そして私は、この経験から、新しい年からは、思い込みを捨てようと決めた。自分にあわないと決め込むのはやめようと。とりあえず、まずは試すことだ。試さなければ発見はない。試さなければ、自分の文字が「細字」に合うことにも気づくことはなかったろう。今年はひとつ、これまでやってみたかったけれど、尻込みしてできなかったことにまずは取り組んでみることにする。誘われたことに感謝して。うまくできるかわからないけれど、とりあえずやってみる。

もしもこのお話を、この万年筆を譲ってくれた友人が読んでいるとするならば、今は素直に「ありがとう」と言うよ。なんだよあいつ、って言うと思うけどね。

大晦日

逗子マリ

闇があるから光がある

材木座

小坪から見える材木座の海が教えてくれた

椰子

手を伸ばす
手を繋ぐ
続けること

立っているだけで充分じゃないか
生きているすべてに感謝して今年も心からありがとう

被災地からの「お歳暮」

友人Hさんから缶ビールとジュースの詰め合わせが届く
「お歳暮」と書いてあった
彼女は3月11日の東日本大震災で家を流され
今は茨城の兄弟の家に、ご主人とお父さんと身を寄せている

着の身着のまま逃げて着るものが何もないと聞いた
タイミング悪く断捨離していた私は彼女に送る服がなく
逗子の友人にSOSを出した
あっという間に何十枚もの服や下着、ティッシュペーパー、化粧品が集まって
ダンボール2箱に分けて送ったことが
もうずいぶん昔のように感じられる

あれからとうとう9カ月
暮らしは楽ではないのだろうに
ご主人と相談して
私がお酒が好きだからとビールを選んでくださった
飲めないお友達もいるでしょうからと
ソフトドリンクもまぜてくれた

お返しなんてまったく不要だ
不要でも、心を返したいと工面して「お歳暮」を用意した
彼女の想いを想像してこみあげるものを止めることができない

年越しの話が毎日出るようになったけれど
年を越しても、被災地の暮らしはリセットされることはない
忘れてはいけない
忘れてはいけない
年忘れの会を重ねても
忘れてはいけない

彼女の心をみんなで分けて
我が家も残った1本を家人と2人で分けて飲む

忘れないこと
わかちあうこと
これを新たな一年も忘れてはいけないと刻みながら

被災地はいま〜三陸沿岸のまちへ

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東日本大震災から8カ月。被災した三陸沿岸の町を訪ねることになった。高速道路の無料化がはじまり、道路もいよいよ本復旧に入ると聞き、復旧・復興の光が見えてきたのかと思っていたけれど、まったく違っていた。陰と陽はいつも隣り合わせにいて、それを感じながら暮らさなくてはならないはずなのに、私たちはそれを忘れてしまう。声をあげられない町に対面し、私も声を失った。どう伝えれば良いのかわからないから、言葉は探さない。探せない言葉の代わりに、なにかを探さなくてはならないような気がする。

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「被災地を訪ねるときは、明るく元気にお願いします」という、被災地のバスガイドさんの声に押され、大船渡ではとにかく気持ちを平坦にするよう努めた。

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「ほんとうに地震があったの?と思われるでしょう。でも、海岸部に行くと、まったくなにもなくなるの。がらっと景色がかわりますからね」。前を走るトラックの向こうに、たくさんの人の命を守ったという高橋脚の高速道路・三陸縦貫道が見えてきた。三陸の町は、山に囲まれた逗子と違って、逃げる場所がまったくない。遠い山に逃げようと車を走らせた人たちが渋滞で命を落とした。自転車で逃げた人、三陸縦貫に逃げ上がった人たちの多くが命をとりとめた。

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防潮堤の役割を果たした三陸縦貫道を抜けると、景色はほんとうにがらりと変わった。

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携帯電話の番号が書かれた船。

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波打った線路。

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取り残された船。瓦礫はほぼ撤去されていたけれど。ここまでなんとか片付けた、多くの力に感謝することしかできない。

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あれから8ヵ月経った今も、水がひいていない場所があちこちにある。

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津波が橋桁をふわっと持ち去ったという沼田高架橋。

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高さ13mの促進雇用住宅は5階を残して沈んだ。

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8カ月経った車の中から、白骨死体が見つかった。けれどナンバープレートが剥ぎ取られた車では身元の確認ができない。

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かつて千昌夫さんがオーナーだった、陸前高田のキャピタルホテル1000。

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7万本の松の中で1本だけ残った陸前高田の一本松は、多くの人の心が入って凛としたものを感じた。

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そして気仙沼。

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残された建屋。

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破片が残る歩道。

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大船渡も陸前高田も気仙沼も、異様なくらい、人がいない。たまに車が通るだけだ。リアス式海岸の町は、山と山の間から海が見える。こんな山奥をも津波は襲ったのかと驚いていると、8km川を遡上してきたという。「海が見えないから」と安心していた町にも津波は襲ったのだ。そして、気がかりなことは、津波が高く、被害が大きかった岩手県の野田村、普代村、田野畑村のことだ。ここは交通の空白地帯で便が良くないことから、マスコミも一切取材に入らない。こうした地域が取り残されないことを切に願う。

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引き取り手のない巨大な船の前で、ぬいぐるみが泣いていた。女の子のお迎えをじっと待っているかのように。

手紙のこと

クロワッサン

医者の待合室で、クロワッサンのバックナンバーを手に取った。3/25の特集「手紙上手になりたい」。各界著名人の手紙に対する思いを綴った欄はとりわけ私の興味を誘った。中でも、装丁家の坂川栄治さんとエッセイスト・吉本由美さんの9年にわたる文通の記録は私の心を打った。仕事が縁で知り合った二人は、坂川さんの「吉本さんに会ってしまったら、好きになってしまうかもしれない」という杞憂により、絶対に会わないという約束で文通をはじめる。せまい業界のこと、出会ってしまいそうなイベントでは、前もって行く日を確認しあい、確実に出会うことがないようにする徹底ぶりだったそうだ。
出会ったことのない二人は、それでも手紙の内容や行間からお互いを信頼し、旧知の友人にも話さないような親密な語らいを手紙の上で繰り広げる。最終的に二人は、吉本さんがバーテンをつとめるバーで出会い、あとは親友のようにつきあうのだけれど、実際に会ったら、言葉が止まらなくなってしまうのではないか?という思惑とは反対に、ぽつりぽつりと話したのだそうだ。

9年分の手紙の束を2人はもちろん持っていて、その写真を見た瞬間、思いがけず涙がこぼれた。

私は手紙が好きだと自負していたが、手元に戴いた手紙を残していなかった。手紙を読み返せば、差し出してくださった人のそのときの思いや状況を、瞬時に思い出すこともできたのに。「明日は高校受験だね、がんばれ。とし子」と、チラシの裏に書かれた母からの何十通もの手紙はどこにいったろう。「先輩のがんばっている姿に励まされました」と認めてくれた何十人もの後輩の手紙はどこにいったろう。引越ししてなお、ご自分の暮らしを赤裸々に語ってくださり、「私、更年期になったみたい」とユーモアを交えて私にパワーをくださる先輩の手紙も、「こんな本を読んだよ」と何年にもわたって手紙をくれた友人の手紙も手元には残っていない。捨てることになんの罪悪感も持たない自分だが、はじめて、とっておかなかった手紙を思い、身体の底から自分に対する怒りと悲しみがわいてきた。あの何百通もの手紙は、これから、そして年老いて人生を振り返るときに、どれだけ支えになったことだろう。

今日からきっと、誰かにとっておいてもらえるような親しみを込めた手紙を書こう。そして、その人の癖や力の加減による体調さえ伺えるような、直筆の手紙を戴ける様な生き方、暮らし方を考え直そう。自分の手と指と心を使って。文字を書かなくなった今だからこそ。

天災は忘れた頃にやって来る

防災用品そんなたいへんなことを忘れるわけはないし、忘れてないのは言うまでもないのだけれど、「そこまでしなくても大丈夫かな」という意識が芽生え始めている自分に反省。

私は震災以来、寝ていてもいつでも避難できるように、枕元に一日分の着替え一式と水、羊羹、携帯電話を常備している。会社に出かけるときには着替え一式袋を出して、あとはそのまま持ち歩く算段だ。

当初は、大切なものをあれやこれや詰め込んで重たいくらいだったけれど、結局、命と情報があればなんとかなるということに決め、今は走って逃げられる重さのものしか持ち歩いていない。

備えあれば憂いなしだが、私の突き詰めた持ち物は結局、水、羊羹、携帯電話、携帯電話の充電器(USB、コンセント、太陽電池)、ラジオ、電池、身分証名書、手ぬぐい。会社には同じもののセットと保存のきく食べ物、簡易毛布、皮のスポーツシューズを置いている。もちろんこれで完璧ではない。4月の日経に「3カ月に1回は点検を」というキーワードがあったのを思い出したから、今度の休みには忘れないように点検しようと思う。

久々パソコン

パソコンが年頭に壊れて以来、携帯電話でできることしかしておりませんで、ご無沙汰でございました。やっとこさっとこ新しい@とはいえ中古パソコンが届きまして、こうして久しぶりに机から記事を書けるようになりました。

そこで気づくのが「目が悪くなってる!!!」事実。ホームページの閲覧を四ヶ月間、すべて携帯でしていたもんだから、こうなってしまったんだなきっと。なにせ、スマートフォンがあれば一台でなんでもこなせるもんで、いい気になってた。

あやや、およよ。スマートフォンのぞくのいい加減にせんとなあ。いやいやはやはやいやはやいやはや。

パソコンなくてもいいやと思ってたけど、やっぱり便利だね、この箱。

被災地からの手紙

東北自動車道にある、とあるサービスエリアのN支配人に仕事の関係で連絡をすることになった。そのサービスエリアは、東日本大震災でレストランの厨房が大きな被害を受けた。3月には東日本エリアのメニューコンテストで入賞するような魅力ある商品を企画して、お客様に提供をはじめていた。
でも、震災で、取引のあった農家や水産業者が被災して、食材が手に入らなくなってしまったそうだ。最近のサービスエリアのレストランは、地産地消にこだわった郷土料理のメニュー開発を進めている。だからそのサービスエリアは、魚介をたっぷり使ったメニューを中心にしていたのだけれど、そのため、今でも食材が思うように調達できない。しかし、高速道路を使ってやって来る多くのボランティアに食事を提供するために、豚汁や焼きそばなど、できる範囲の提供をはじめたのだという。
被災地の方に電話をしなくてはならないなんてどうしようと正直、気が重かった。「たいへんな時にそんな連絡するな」と怒られたらどうしようと気を揉んでいた。けれど悩んでいてもはじまらない。お詫びの言葉を添えて、電話をかけた。
もちろん、その仕事は「たいへんな時だから」という理由で断られたし、そんな状況で電話をかけた私も悪かった。それでも、心配している気持ちはわかって頂いたらしく、他の仕事でご一緒させて頂けることになった。
お礼と改めてのお見舞いを込めて、メールを打った。するとほどなくして返信が来た。
「今回の震災の惨状を目にして、心が休まる日はありません。二カ月経った今も、毎日どうしようもなく、涙が止まりません。それでも、昔のような気持ちを取り戻せるように努力したいと思います」と書かれていて、私もたまらなく涙があふれた。
節電、義援金、できる範囲で協力はしているけれど、被災地の方の心には寄り添ってこなかったと心が苦しくなった。どんな言葉をかけて良いのかどうにもわからなくて、「食を通じて、復興にお力をお貸しください」と書いた。一度だけお会いした事のあるN支配人の恥ずかしそうでいて人なつこい笑顔が浮かんだ。笑顔が消えていませんように、ふり絞るように「どうぞ笑顔でいてください」と書いて、送信ボタンをゆっくりと押した。

東日本大震災被災地への支援のお願い

zusitto書き込み隊の皆様から、東日本大震災被災地への支援協力について書き込みを頂きました。支援の輪が少しでも広がりますように、てくたく日記にも転載させていただきます。どうぞよろしくお願いします。

■被災したペットの保護について(堺のまっちゃん)■
今日は被災地の犬の一時預かり先を探すご協力のお願いで投稿致しました。ペットも被災しています。人間がまず先ですが、家族同様のペットも命が危ぶまれています。逗子近辺の方で協力して下さる方お願いします。

One☆Paw主催「犬と猫との幸せな暮らし方講座」でもお世話になっているドッグインストラクター八木淳子先生からの緊急依頼です。先生が理事を務める「アナイス」と「日本愛玩動物協会・災害時動物救援部」が被災地福島より計30頭の犬を引き上げてきました。現在相馬にシェルターを建設中ですが出来上がるまでの期間の預かり様を探します。

預かり様の条件外での繋ぎ飼いの犬達だったので、引き続き外での繋ぎ飼いをして下さる方です。室内犬ではありません。預かり期間は長くて数ヶ月。犬達は飼い主が判っている犬。飼い主がいなくなり里親募集になる犬。いろいろだそうです八木先生からの情報だと今後、引き上げてくる犬や猫は大変な数になるそうです。(動物救援本部)1頭なら預かれる‥または里親として迎えたい‥そんな方がいらっしゃいましたら、是非さとうまでご連絡下さい。

詳しい事を知りたい方もメール下さったらお知らせ致します。皆様には、この事を一人でも多くの方達に拡めて頂けたらと思います。皆様のお力を貸してください。どうぞよろしくお願い致します。

知人からのメールをコピーします。
お心当たりの方がいらしたら是非ご協力をよろしくお願いします。尚、One☆Pawのブログはhttp://blogs.yahoo.co.jp/one_paw_zushi/23300690.htmlです。


■文房具類提供のお願い(はるくんパパ)■
先日、以下の内容で近所の友人からメールが我が家に届きました。

釜石市立平田小学校の先生から連絡がありました。地元友人の旦那様です。世の中は新学期の季節になっても、学校で必要な救援物資が来ないのだそうです。お道具箱・筆箱アイテム一式って感じで、文房具類が必要なそうです。必要数、平田小学校のみで100〜200位(驚!)。新学期から、崩壊した隣の学校の子供たちが合流するので、そちらも考えると、把握しきれず・・・。不要なものなど、もしありましたら、ご寄付いただけると、とても助かります。新古は問いません。

文房具以外では子供たちを主に考えると、下着・靴下類、ハンカチ・ポケットティッシュ(箱ティッシュはあるそうです。)なども無いそうです。発送時、パッキンとしても使えるので良いかも。今後、どの家庭も経済的に厳しい状況が想像されるようです。多すぎて困ることは、当面無いと思いますので、ご協力いただけると助かります。よろしくお願いします。
 
と言う訳で、同年代の子供が居る私といたしましても、黙ってはおれず、皆様のご協力をお願い致します。ご連絡を頂ければ私が取りに伺います。発送も私が責任を持って行います。新品である必要もありませんので、家に余ってる鉛筆等ありましたら、是非ご寄付をお願いします。

ガンバレ!浜通り

今回の震災で被災された福島県いわき市の避難民の女性の皆さんが、下着、Tシャツ、おかずになる缶詰を求めていらっしゃいます。下着、Tシャツは新品であればサイズは問いません(女性用)。缶詰も賞味期限内であればけっこうです。
また、四月から始まった学校で、子供たちが使う文房具も不足しているとのこと。ノートや鉛筆なども大歓迎です。

もしもご提供いただけるようでしたら、ぜひカンパをお願いします。本来、いただきに回るべきところですが、非常事態のため、直接郵送していただければ幸いです。

東京の避難先では狭く、救援物資の仕分けができず困っていたところ、いわきのJビレッジを通じて親交のある日本サッカー協会さんが、快く配送先を引き受けてくださいました。荷物の仕分けは、ボランティアチーム「ガンバレ!浜通り」が責任をもって行いますので、ぜひご協力をお願いします。

郵送先
財団法人 日本サッカー協会.気付「ガンバレ!浜通り事務局」〒113-8311 東京都文京区サッカー通り(本郷3丁目10番15 号)JFAハウス電話 03-3830-2004(代表)

わけあうわけは

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東北地方太平洋沖地震〜届けたい情報

Twitter上で、役に立ちそうな情報を多数教えて貰いました。本来、リツイートなどで拡散すべきなのだと思いますが、140文字を超えてしまい重要な言葉を削除しなくてはならないこと、たくさんのtweetに埋もれてしまいそうなこと、Twitterをしていない方にも届けたくて、このブログにまとめさせてもらいました。このブログはアップロードすると、Twitter上にも上がるので、どうかご容赦頂ければ幸いです。また、書き方が統一されていないことをお許しください。携帯の電池が少ないため、急いで情報を貼り付けました。有用な情報が広く共有できますように。

スカパー!/いま我々に出来ることは、節電する、募金する、道路は緊急車両を優先する、デマに騙されない、感謝の気持ちを忘れない、助け合いの精神を忘れない、ご飯は食べられるときに食べておく、子供に大丈夫だよと微笑む、ご高齢の方に話しかける、普通に仕事している人を批判しない、まず落ち着く。

RT @21wakasama:
★被災者の方 連絡法伝言ダイヤル 「171」を押す ⇒録音は1を押す ⇒自宅の電話番号を押す ⇒伝言を録音する
*安否確認をされたい方 伝言ダイヤル 「171」を押す ⇒再生は2を押す ⇒安否を確認したい方の電話番号を押す ⇒録音された伝言を再生する

RT @tochio315: 【絶対に拡散求む】 宮城と東北、茨城の給油・風呂等の情報集めた携帯版のページ作ってくださいました。網羅しきれてないかもしれませんが…寒冷地の車社会ではガソリンの有無が命すら分けます!大至急拡散希望!http://t.co/iP57z6L

RT @freewings_jp: (リンク修正再送) これは便利!グーグル計画停電カレンダー http://ow.ly/4euId

RT @junichi1173: 【Google避難所名簿共有サイト】http://r.sm3.jp/1nYw RT @_HOTEI: 東京外大有志達が作った各言語に翻訳した地震対応マニュアルと今回の地震の情報サイト。 http://nip0.wordpress.com/

RT @junichi1173 Google パーソンファインダー。(探したい人を登録できます)http://japan.person-finder.appspot.com/

RT @okwave 【宮城・福島・山形・青森・秋田・岩手・茨城・千葉】食料品が売っている場所、電池が入手できる場所などの情報を共有するQ&Aを設置致しました。情報をお持ちの方、是非投稿お願い致します⇒ http://ow.ly/4d3Z1

RT @rebirth_project RT 福島県の方はラジオ福島のアカウント @radio_rfc_japan をフォローしてください。かなり細かい地域の生活情報分かります。給水 ガソリン 道路 食料など必要な情報です! まだフォロワーさんは1600人ほどです!! 朝日新聞医療サイト/炊き出しの場所をグーグルマップ上で表示する呼びかけがされています。 #takidashi というハッシュタグが使われだしています。 http://goo.gl/zRlRk #jishin

RT @masason iPhone様の緊急伝言板アプリ立ち上がりました。震災でご苦労されておられる方々、頑張って下さい。http://bit.ly/i8ujFH

RT @bondouce 【避難所にいる母乳育児中のママさんへ】《災害時の母乳育児相談〜よく聞かれる質問FAQ》参考になさってください→http://www.llljapan.org/binfo/faq_saigai.html【拡散希望】

RT @soulflowerunion 被災地での給水・炊き出し・物資情報共有/東日本巨大地震の【岩手 青森 宮城 秋田 山形 福島 茨城 千葉】各県での物資状況を共有するサイトです。 http://bit.ly/dTp77g

RT @HandsNet 急募&拡散希望! 集めたいのは「震災情報」ではなく、「生のサバイバル情報」です!どこにはまだ水が売っている、ここの体育館にはまだ避難ができるなど。県ごとに項目を分けて作りました! http://bit.ly/heR44C #jishin

【被災された方々へ】医療保険証を提示しなくても、保険扱いで医療機関を受診できます。お名前や生年月日などを申し出れば、全国どこでも保険証なしで受診できます。 http://t.asahi.com/1l0q #311care #save_touhoku
UOMOME39/地震に関するtwitterからのお知らせはこちらです。http://bit.ly/hURZS3

RT @kennynatsui ひろげて!【盲導犬ユーザーの安否確認】被災地域の避難所等に盲導犬ユーザーや視覚障がいをお持ちの方がいる、困っているなど情報をお持ちの方は協会まで。詳細はHPで確認ください。日本盲導犬協会公式HP http://www.moudouken.net/ #save_iwate

公衆電話で安否登録・確認を!【特設公衆電話設置場所】 http://j.mp/fpqVo2

RT @akhk 阪神淡路のとき、たくさんの物資を送って頂いていましたが、結局大量に破棄されてました。感謝すべきところですが、苛立っている現場ではそんな余裕もなく、「こんなものいらねえよ!」みたいな感情でいっぱいでした。救援物資の送付は、行政等の案内がきてからで、今は寄付などをしていきましょう。

RT @fu4 日本人の半分が100円、清涼飲料水を節約したりひと駅歩いたりして節約をしてそれを寄付したら50億円になる。それをひと月続けたら1500億円になる。復興費用は兆単位になるかもしれないが、たった100円でもみんなで寄附をしたら大きい。100円でも大きい。

RT @ryoutaro0504:日本赤十字社ホームページでは一クリック募金が行われています。あなたたちのクリックで募金できます!よろしくお願いします! http://www.clover.sc/jrc/index02.aspx?id=&f=1

今回の地震で寄付を受け付けているサイトです。http://matome.naver.jp/m/odai/2129989217646489401

東北地方太平洋沖地震

 
夢であってほしいが、現実に起きた。帰宅難民になり、会社で一夜を過ごしたあと、徒歩を一部加えながら5時間がかりで実家に帰る。ライフラインが寸断された茨城の妹も帰ってきた。逗子の我が家は、お陰様でテイッシュケースが落ちた程度だが、東北の知人に家を無くした人がたくさんいる。この危機を日本人の忍耐と和の力で乗り切らなくては。

3月

青い鳥と戯れてるうちに

年の始めのためしとて?

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珍しくきっちりと大晦日を迎え、定時から紅白歌合戦を観ることができた。ポルノグラフィテイが歌を間違えたけれど、メロディにのせて誠実に謝って、それがとても好感だった。オオトリを聞き終えて初詣に行くのは逗子に越して来て以来の習慣だ。今年は、初めて逗子で年越しの初詣をするというかすどんに助太刀することに。メロン師匠、ホワイティさん、ミキティと延命寺に集合した。
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着くと、おや?というくらい人が少ない。私が知っている10回の初詣の中でいちばん早く鐘つきの順番が廻ってきたように思う。
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今年の参加賞はサッポロラーメン!
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そしてお約束の乾杯。このあと亀八にお参りして温かいお味噌汁を頂いて解散。今年も、いいことたっぷりありますように。
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さてさて、昨年はまさに「断捨離」な一年だった。今年もこれはぜひ継続したいテーマになると思う。月に一度は「断捨離デー」を設けて、自分にほんとうに必要なことを見つけたいな。

以下、断捨離とともに継続したいことを今年の誓いとして記す。

①粗食と咀嚼=昨年胃を壊してはじめたこと。咀嚼30回で、満腹中枢が刺激され、粗食に耐えられることが3カ月の療養で実証できた。これを継続してあと3キロ痩せたい。*写真は、ミイ様@旦那が書いた、私への戒めメモ。

②トリイチ=昨年11月、主治医の歯医者から勧められて始めた一日合計一時間のウォーキング。以来2ヵ月、なんとか続けている。確かに顎が開くようになった。そして、片足立ちが以前よりふらふらしなくなった。良さそうなのでこれも続ける。

③ヨガと太極拳=週一回ずつ通っているヨガと太極拳。ヨガは丸二年、太極拳は1.5年が経過した。そのせいかどうかわからないが、めっきり風邪をひかなくなった。痩せはしないが身体に良さそうなので継続する。

6セパレート
継続はチカラ。無理せず細く長くほどほどにを守りながら、今年一年をつつがなく過ごせますように。*皿の右側には写っていない豚肉の味噌炒めがあります。

あけましておめでとうございます

new year
本年もどうぞよろしくお願いします。

年の瀬に

大晦日
安穏な年の瀬。穏やかで輝かしくて、数年ぶりに晴れ晴れしい年の瀬だった。

一昨日止まってしまった目覚まし時計を持って、池田通りの中山時計店へ。
電池蓋が外せずに「この時計の電池が」と時計を見せると、
「LR44だね」と間髪入れずに返ってきて、私はえらく驚いてしまった。

市場で買い物して、大晦日にほしかったやき豚を買いに小坪の萩原肉店に行くと、もう完売で予約した人しか買うことはできないという。予約を考えつかなかった自分に腹立たしく、気力も失せて、空腹でやっとのこと自転車をこいでいたらウェザーコックが営業しているのが見えた。

私はここ数日の年末の後片付けでほとほと疲れてしまって、立ってるのもやっとだった。席について、なにか力のつくものをと思って、ハンバーグステーキを頼む。卵付き。ほどなく力強い香りが鼻腔をくすぐって、正統的な一皿が運ばれてくる。

フォークとナイフを携えて、一塊を口に入れるとふんわりと柔らかく絶妙な大蒜の味と香りが肉汁と一緒に広がって、ぱっと目が覚めるようだった。ゆっくりと味わって堪能したかったけれど、一気にほおばってしまった。玉ねぎの輪切りを外輪にした目玉焼きも、好感がもてた。「美味しかったです」と奥様に伝えると、意外な顔をして微笑んでいったんキッチンに戻って、珈琲を運んでくださったときに「大蒜や色々なスパイスを入れてるのですよ」と笑った。

今年はサイトをやめるといったり、復活したり、反省ばかりでごめんなさい。いつかきちんと謝らなければと思っていたけれど、なかなか言えなくて、この時間。

私もいつか、ゆるぎないものをつかみたい。心からそう思う寅年最後の日。

Oh!my 大掃除

今年の大掃除は30日の最後の燃やすゴミの日に照準をあわせ、28、29の2日間を実施日と決めて取り掛かった。断捨離に継ぐ断捨離で、今年は割と身軽になったし、狭い我が家の大掃除は楽になる予定だった。28日は整理整頓日。不要なものをさらによりわけ処分して、翌日の清掃につなげたい。

今年の大掃除の野望はひとつ。結婚以来、台所に鎮座している北欧のベンチの座面をむき出しにすることだ。何せ引っ越してきたその日から、常に座面には書類や雑誌が置かれ、ベンチとして機能したことが全くないから。

29日中に大掃除を終わらせる。ベンチの上をきれいにする。この2点に向けて私は集中した。最初に着手したのはボロ布作成。10年使ってほんとにボロになったガーゼの布団カバー2枚を切り刻んで大量のボロ布を作った。物干しにかけて切り刻む様子はまるで鮟鱇の吊るし切りのようで一人で笑う。しかし、このボロ布はことのほか役立った。何せ、大量にあるから余裕を持って掃除ができる。使い切るために汚れた場所を探すようになるというのも新たな発見だった。

そしてベンチ。ベンチの上にはいつも使うものが置かれてる。お灸とかクリームとか、家計簿セット。これを片付けるために、収納BOXに収めてあった本を処分することにした。改めてBOXをあけてみると、なんでこんな本をとってあるのかというのがいくつもある。私は本は図書館で借りて読むので、繰り返し読む本以外はすでに処分してあるのだが、それでも久しぶりに見ると趣味が変わったためか、かなりの不要な本が出てきた。今年何度も通ったオフハウスに持ち込んだが、逗子のオフハウスはブックオフ併設ではないので、本は二束三文にしかならない。20冊で30円とかいうレベル。まあ、そんなこんなでタメコミストのミイ様@旦那の荷物も整理させることに成功。ベンチは堂々とした姿を現した。

28日はこのように順調だった。順調すぎて怖いくらいだった。楽勝だなどと笑みを浮かべて眠りについた。そして29日。早朝の鍼から帰宅して10時30分スタート。目論見では15時には終わるつもりだった。天井のハタキがけ、天袋の溝の掃除、ランプシェードの洗浄と、掃除は上から下への鉄則のもと順調に過ぎた。だが、なんだろう、途中でうっと詰まった。

「断捨離すると、今まで気づかなかったゴミやホコリが目に入るようになりますよ」。

以前読んだ、本の一説が頭に浮かぶ。こ、これかっ。確かに、隙間やコードについたホコリが気になる~~~。気になって気になって、作ったボロ布がどんどん減っていく。気がついたら17時になっていた。やばい。いちばん大変な台所にまだ着手さえしていない!!もういつもならここで手をぬくところなんだが、「ここまでやって手を抜くのか」。阿修羅な私が自分に呼びかけるから、脂ぎった棚も一枚一枚外していく。やめたいんだけどやめられない、そんな感じ。

暗くならないうちにと一瞬中断して庭の草刈。そして戻ってゴミ箱を水洗い。そして換気扇の掃除をしていた、その時。片ひざをついていたガス台がぐらりと揺れて、私はよろめいた。床に尻餅をつきそうになったのだけれど何とか耐えた。耐えたのが良くなかった。握った突っ張り棒がはずれてなぎ倒しになって、満杯に入ってた麦茶のポットをひっくり返して部屋中に広がった。突っ張り棒は4本部屋中に吹っ飛んで、惨憺たる有様になった。

午後7時のことである。ぼーぜんとなった。あともう一息のところで、なぜに。なぜにこんなことに・・・・・。情けなくて泣きそうになるのをこらえて、トリュフチョコ5粒を一気食いする。そういえば、昼ごはんで30分休んだだけであとは掃除し続けてた。また集中しすぎた。後悔の念が押し寄せる。心が蘇るのにたぶん10分かかった。

「もしもし、ミイ様ですか。家がめちゃくちゃになりましたので、私はもうごはん作れません」コールをして3時間後、ようやく大掃除は完了した。いや、ほんとは窓拭きだけはしなかった。もう手を上げる元気もなくなっていたのだ。

ベッドに入ると身体全体が重くて倦怠感で一杯である。掃除をしてここまで疲れたことがあったか、私。断捨離の呪い恐るべし。断捨離は中毒の如し。来年はホコリをためないこと。これを抱負とすることにする。以上。

冬仕度

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今日から掛け布団に毛布を追加する。これまではフリースの薄い毛布で間に合っていたのだが、寒さも深まってきたので、厚い毛布に。毛布の襟にタオルを縫い付けるのは、母から受け継いだ毎年の作業。
これが終わると、いよいよ本格的な冬だ。

キリ番誕生日

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本日、ミイ様@旦那の誕生日。ちょっと記念すべき誕生日ということで、お酒を奮発。彼の好物の鶏の唐揚げを大量に揚げて祝う。

抜いたジョセフ・ペリエの素晴らしさよ。円熟味のある味わいがしっくりと来た。ただし、二本目のシャンベルタンが良くなかった。

横で溜息をついている彼に言う。「一方が良くて一方が良くないから良いんだよ。人生だってそんなもんじゃない。良いときもあれば悪いときもある。それと同じだよ」。

健康でこうして、好きなものでお祝いできる。それがいちばん。しみじみとした、キリ番の誕生日。

快気祝

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胃潰瘍を発症して約2カ月半。毎日薬を飲んで、禁酒して、ごはんを減らして、適当に運動していましたが、ようやく快癒しました。ミイ様@旦那がお目出度いので今夜は快気祝いをしようと、シャンパンを抜いてくれた。
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この二カ月、食べ過ぎないことと、咀嚼の重要性がよく理解できたし、それを続けたことで、身体もその生活に慣れた。胃潰瘍は辛かったが、人生の折り返し地点で神様がくださった、丁度良い罰であったのだろうと思う。これからも、「ほどほど」を心がけることを忘れないようにしようと改めて誓う。
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「快気祝こそ身体に良いものにしよう」と、今夜も野菜たっぷりに魚介中心。〆は殻付のアーモンド。

大切なもの

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<photo/senri>

なにかにつけて瑕がつくのが怖くて
いつも専用の容器に入れて持ち歩く
そうすると専用の容器に瑕がつくのが怖くて
専用の容器を入れるための専用の容器がほしくなる
繰り返して繰り返して
大切な小さなものはどんどんどんどん大きくなって
仕舞には持ち歩くのもしんどくなって
大切なものがどこにあったかもわからくなって
そんなことをしている自分がしんどくなる

瑕なんてついたって構わないのにね
それによって大切なものが害われるわけではないのだから

なにかにつけて剥き出しがいい
軽く高く放り投げてしまえ

歯医者で敗者になる私

説明思い起こせばこの6月、奥歯の抜歯危機に見舞われ、なんとか抜歯せずに済ましてくれそうな歯医者さんに出会って以来、先生との波長も合い、足繁く週一通いが続いている。しかし、一週間ほど前に先生が厳しい表情でこう言った。
「たくさん、あなたは運動していませんね」。
「え?運動ですか?週に一回ずつ、ヨガと太極拳とウォーキングしてますがっ!」と返事をしたらピシャリと言われた。
「口を開け続けていられないのは、運動不足の証拠です」。

そういえば、私は口を大きく開け続けられない。それは口が小さいせいだと勝手に思い込んでいたのだが、どうやら違うらしい。「口を大きく開けて」と言われても10秒我慢していられず、ついつい口が閉じ気味になってしまう。同じ台詞を何度も言わされ続けて、とうとう堪忍袋の緒が切れたんだろう。先生から一枚の紙切れを渡された。内容は読んでいただくとして、先生いわく「全身の筋肉はつながっています。筋肉を鍛えなければ、顎の筋肉にも現れるのです。15分×4でも、30分×2でも、60分×1でも良いですから、とにかく毎日1時間ウォーキングしてください。でないと、奥歯の治療はできません」とのことである。

やらなけりゃいけないのは理解できた。しかし、なかなか時間がとれぬ。でもやらねばならぬのだ。やるために記す。

寒い一日

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初コート、初手袋、初湯たんぽ

shall we 断捨離?

捨てマニアである。不用品は一切合財捨ててしまう。ミイ様@旦那から貰ったティファニーの指輪でさえ、捨ててしまったことがある。冷たすぎるほどの捨てマニアである。
一方のミイ様は、ためこみスト。電化製品が入ってたダンボール箱から、デザインが気に入ったボトル、コルクの栓、ボールペンまで、ハンドラップでくるくる巻いて仕舞い込む。しかも、それが押入れや天袋にぽんぽん投げ込んであり、扉を開くと、その美しくない在庫ぶりが、私の怒りに火をつける。

というわけで、けっこうな勢いでいらないものは捨てているのであるが、最近話題の「断捨離」が私のポイ捨て魂の琴線をじゃらんじゃらん鳴らした。「あれ、まだ捨てられるもの、あったじゃない」。と。
さらに、ドミニック・ローホーの「シンプル主義37箇条」がぐさっときた。とくに6条目の「好きだけれども一度も使用したことのないものは、写真を撮っておき、処分する」というのが、「これだ!!!」と叫ばせた。

もう捨てるものはないと思っていたが、使っていないのにどうしても捨てられないものがけっこうあった。そうか、写真を撮ればご供養になるかもと、妙な納得ができた。

今日は快晴。絶好の断捨離日和である。

天袋から、10年出さなかった来客用の布団を出して干した。まったく使わないのだから、自分たち用におろすことにした。そうしたら、天袋がぽっかりとあいた。クローゼットから絶対着ないけど、好きで捨てられなかった服を選んでオフハウスに持っていった。写真を撮るつもりが、そういう方法があると納得したせいか、写真も撮らずに処分することができた。

結局重くて、海に持っていくことはなかったパラソルも、ビデオデッキがなくなって、見ることができなくなった「奥様は魔女」のビデオセットもオフハウス。うーん、断捨離道恐るべし。

断捨離唯一のガイドラインは、見えない収納は7割、見える収納は5割、見せる収納は1割にすることらしい。狭い我が家では、見える収納と見せる収納はありえないので、とにかく見えない収納を徹底するしかない。

空いた天袋と、クローゼットには、はみ出ていた衣類やシーツをしまっても、余裕が出来て、使いやすくなった。のだが、のだが、なんでかすっきりしない。そうだ、ミイ様の“在庫品”があらゆるところに転がっているからだ。目に入らない場所に置いてあったものたちは、実はこっそりとオフハウスに出した。ぜったいに気づかないに違いまい。

しかし、床に散乱しているものは確実にばれると思い、じっと我慢の子であった。が、もう我慢の限界。「明日、目に入らない場所に片付けなかったら、断捨離します」宣言を発令した。

shall we 断捨離? 返事は明日確実に頂く(決)。
プロフィール

たく

好きなもの。詩集、平屋、旬の味覚、太極拳、ヨガ、ブローティガン、マイケルナイマン、ボブディラン、トムウェイツ、友部正人、ハワイアン、あてのない散歩、あてのない旅、迷子、健康診断、空、海、雲、焼鳥、茶碗蒸し、卵、採れたて野菜、おじいさん、おばあさん、聞き分けの良い子ども、子どもらしい子ども、名水、縁起の良いもの、効率的なもの、不便なもの、エクセル、テプラ、ファイリング、家計簿、昔から継続して愛されているもの、美しい文字、味のある文字、マメな男、楽天的な男、アメリカン、赤城もち豚、酒、大川の干物、魚平の刺身、手書きの手紙、その人の癖のついた万年筆、針を使わないホチキス、掃除機、職人さんがつくったもの、カリッとしたもの、シャキシャキしたもの、ふんわりとしたもの、濃厚なチョコレートケーキ、屈託のない笑顔、傷だらけのカメラ、人を傷つけない言葉

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