院家日記

お寺の住職が徒然なるままに、お寺のこと、仏教のこと、日頃の出来事、興味あることなどについて書き綴っています。毎日投稿することを心がけています。5年間続けていたブログが閉鎖され、2年間続けていたブログの調子が悪くなったので2018年1月よりこちらを利用しています

自己紹介:36年間のサラリーマン(金融保険、ホテル事業、葬祭事業)を経て2008年4月より寺院専従となりました。檀家(門徒)目線のお寺づくりに励んでいます。取り敢えず何でも自分でやってみることが好きです。その結果、無駄なことをやったり遠回りをしていると思います。まあ、それでいいかな?

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今日は第10期連研にスタート初日でした。3月に教師習礼を受けられ、住職の資格を取られたばかりの衆徒の方にご講師をお願いしていました。第一回目のテーマは、「荘厳・作法・おつとめ」です。僧侶であれば誰でも出来ないとダメなテーマですが、私のように45年前に習ったものと、新進気鋭の方とでは習った内容が違います。荘厳や作法、お勤めなどは変わらないとお思いかも知れませんが、お寺の本堂が座布団から椅子席に変わったようにそれに伴って作法も変化して行きます。ありとあらゆるものが変化して行く中に私たちはあります。

今回の研修を受けてみて、ご講師は初心そのもので講義を進められました。私のように年を重ねると手抜きを覚えてしまい、少々準備不足でも要領よくまとめてしまいます。それは良くないことだあと思いました。初めてやるときというのは準備に準備を重ねて、それでも不安な気持ちで臨みます。その緊張感とひたむきさが受講者に伝わるのだと思います。初心忘るべからずと言うのはその通りだと感じた次第です。

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わが町内では年に2回防災訓練を行なっています。そのうちの1回が今日行なわれた放水訓練です。町内には2か所に消火栓があり、今回は若桜街道側にある消火栓を開けて放水訓練をしようと思いました。ところが消火栓の穴に道具を入れてもビクともしません。無理に開けようとすると道具が曲がります。

仕方ないのでもう一つの消火栓で訓練することにしました。こちらの消火栓はすぐに開き、放水訓練は終了しました。開かない消火栓では困るので消防署に連絡を取り、開けてもらうことにしました。そこで意外なことがわかりました。

蓋の形が二種類あるのです。一つは淵が垂直になっているものです。もう一つは淵周りが台形になっており、重量がかかるとその重さで淵が密閉され少々の力では開かなくなるのです。なぜこんな形にしたのかというと、垂直の蓋では車が通るたびにガタガタという音が発するのだそうです。その音を止めるため考え出されたのが下に行くほど小さくなる台形の蓋でした。この形だときっちりと噛むので音がしなくなるそうです。そのためバールなどの工具を使っても開かないくらい密着します。

これを開ける方法は、蝶番になっている方の淵をハンマーでたたくという方法らしいです。強く叩くと反動で蓋が緩みます。そこでバールを差し込み開けるのです。これを知ったことで備えが出来るようになりました。知らないということは怖いことです。写真上が開かない消火栓。写真下がすぐ開く消火栓。

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犬と一対一で生活しているわけではありませんが、少なくとも朝昼晩と顔を合わせています。犬は人間と違って感情をセーブしようという意思は働きませんから、帰った時は全身で喜びを表します。そこまでされるとこちらも精一杯の愛情をもって接してあげたくなります。

ところが相手が人間となると、いろんなことを計算して、最大限効果的に演じてしまうのです。後で振り返ると後悔の念がないことはないですが、その時はどうしようもありません。そういうところから、人間が何かやるときは、あまり深く考えずにやる方がいい結果を生むことが多いように感じています。

万全の準備をしてやることは必要なことですし、闘いのように身に危険が及ぶ可能性があるときは、その方がいいと思います。しかし、新しいことを創造したり、楽しいことを計画するときは、先走ってあらゆることを想定してから考えると面白いものは出来ません。

反論もあると思いますが、そこまでの無鉄砲さがないと楽しい人生にはならないと思います。

明日がある方は、ただひたすらに犬のように明日に向かって走ることをお勧めします。

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私の知ってる人の中には、新聞を読むとき一番最初にお悔やみ欄を読むという方も少なからずおられます。お悔やみ欄はいつから始まったのかは知りませんが、都会ではないらしいです。人口が多いので載せきれないということもあるのでしょう。

鳥取の地元紙では、全県の「お悔やみ」が載っています。しかも最近は葬儀の時間や場所まで載っています。知っている方が載っていたら、そのおかげで葬儀に参列することも出来ます。これは葬儀社さんが載せているのではなくて、新聞社の要請に基づいて葬儀社が情報提供しているものらしいです。

しかし最近は「葬儀は済ませました」と書かれているのを見ることが多くなりました。済ませましたということを知ってどうなるのかなと思うことがあります。よく知っていた方であれば、お別れしたかったという思いと、香典を届けたいという思いが湧いてきますが、なんだか拒否されたような気持になります。それならむしろ知らせないでくれたほうが良かったと思う場合もあります。年末の欠礼ハガキで知ったあと香典を持って訪ねることもありますが、その場合は知らなかったので、時期外れになって訪ねても後悔することはありません。

お寺で通夜葬儀をされるときに、新聞に出すかどうか迷われることがあります。私のアドバイスとしては、普通の葬儀が一番いいですよと言っています。たとえ仲のいい家族であっても、故人の外での付き合いをすべて知っているわけではありません。家族は知らなくても、仕事上で深い付き合いをした方がいたかも知れません。趣味の合う人がいたかも知れません。そういうことを一切断ち切るような葬儀のあり方は正しいのでしょうか。

人の手を煩わせないという一言で、俗にいう家族葬全盛になってはいけないと思うこの頃です。

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神宮寺の高橋卓志師が出版された本はたくさんありますが、何と言っても20095月に出版された「寺よ、変われ」が傑作だと思います。ちょうどそのころは、私が退職してお寺専従になったころと重なります。境内をバリアフリーにし、本堂の外断熱を行い、お寺の前の駐車場を購入しました。どうすればお参りしやすいお寺になるかとか、人の集まるお寺になるかということを考えていた時でした。

この本を読んで同意できるところがたくさんありました。その本を今見ると、付箋とアンダーラインだらけです。自分では意識していなかったのですが、その後の養源寺の変化を見るとこの本に影響されていたことがよくわかります。この本の読者レビューを見ますと、これに同意して自分も頑張ろうという僧侶はいないでしょうと書かれていますが、スケールは違ってもこの本を読んで自分なりに頑張ったと思っています。

高橋師匠が日本を離れられる前に会えて良かったと思うとともに、次を託せる方のお話しが聞けたのが幸いでした。5年後の神宮寺を見てみたいものです。そのあと妙高高原の赤倉観光ホテルで数年ぶりに新潟の友人と会い、夜には富山で48年ぶりに一緒の家で2年間過ごした大学時代の友人と会いました。時が立ち過ぎていて私は友人の顔がわからず、その前を通り過ぎたのですが、名前を呼ばれてまじまじと顔を見てしまいました。昔の面影はなく驚いてしまいました。ただ声は変わっていなかったので、話すうちに昔がよみがえって来ました。

写真は東西本願寺の富山別院です。真宗王国と言われる北陸でも一つの県に二つの教務所があります。鳥取県と島根県を合わせて一つの教務所ですから、その濃さがわかると思います。帰りは海岸沿いの道を通りぐるっと一周約1300キロの旅でした。いろんなことを感じた三日間でした。

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今日は午前中にご門徒さんの家の仏壇を装飾し、午後からは鳥取因幡組の監査を受け、ご門徒さんへ郵便物を配布し、夜は逮夜参りという一日でした。普通なら今日くらいに長旅の疲れが出るころだと思いますが、いまだに出ていません。

神宮寺は臨済宗のお寺ですが、何故か高橋住職は浄土真宗本願寺派の龍谷大学の卒業生です。臨済宗にも花園大学という立派な大学があるのですが、仏教を学びたい方にとっては、資料や教授の豊富な龍谷大学で学ばれる方も多くいらっしゃいます。神宮寺の話しに戻ります。お参りの年忌法要の方に塔婆をお渡しするのですが、次から次へとお参りになり塔婆の本数も200本近くになっています。書く方も大変忙しくなっておられたようです。すべての法要とガムランの演奏が終わったのち、高橋住職のお話しがありました。自分はあと数日で神宮寺を去るということでした。神宮寺を継いだ時は庫裏と一体になった茅葺の本堂があっただけで、今のような設備は何もなかったそうです。この40数年間で自分のやるべきことはやり尽くしたと語っておられました。神宮寺を去る理由として次の三つをあげられました。一つは朝4時起きの生活から脱出して、朝寝坊がしてみたいこと、二つ目はお寺というのは段差だらけで足腰が疲れたので、段差のない家で暮らしたいこと、三つめは夜中にたたき起こされることのない生活をしたいということでした。

神宮寺は檀家の方の葬儀を24時間体制で勤めて来られましたので、こういう発言が出たわけです。冗談も半分入っていますが、自分が作り上げたものに執着することなしに、次の方へバトンタッチする潔さは真似できないものです。

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ガムラン


ガムランの音楽は何度か聞いていますが、人の踊りに合わせた音楽ではなくて人形劇で聞きました。「ホケキョ一座」という影絵人形劇のグループが人形劇に合わせ生で演奏していました。影絵もジャワのものです。

ガムランというのはインドネシアに伝わる打楽器の演奏です。単純なメロディーもありますがジャンジャン、ガンガンという激しい5音階の音色が特徴です。言葉では表現しにくいジャンルですが、一度聞くと忘れられない魔力を持っています。

今回の演奏者 櫻田素子さんがブログを書いておられるのでhttps://motosbulan.exblog.jp/をご参照下さい。

踊りはというと指先から足先までの動きがすべて計算し尽されていて、一人の人間の動きをつい凝視してしまうような感覚に陥ります。最前列のため目が合うのですが、その眼力に負けてつい目をそらしてしまうほど迫力があります。

好きな人はハマってしまいますが、そうでない人にとっては騒音に聞こえるかも知れません。西洋音階は7音、ガムランは5音、お経は9音というのも不思議な感じです。

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浅間温泉神宮寺の花まつりに参加したくて長野に出張して来ました。また、住職である高橋卓志師の日本での最後の大きな法要ということで、お世話になったお礼を兼ねて訪ねました。鳥取を出たのが午前1030分でした。途中休憩を取りながら松本市にある「ホテルおもと」に着いたのは午後7時でしたから、8時間半の長旅でした。特別の料金を払ったわけではないのですが、食事は個室でした。板さんの腕が良いのでしょう。すべての料理の味が素晴らしかったです。

松本市は恐らく大きな災害がなかったのでしょう。インターを降りてから浅間温泉まで距離はないのですが道が狭く、夕方のラッシュと重なって大渋滞でした。右折レーンを作ることが出来ない中で、左折専用レーンがあったりで慣れない道での運転は大変でした。

次の日松本城を見てから神宮寺に向かいました。スタッフも大勢おられて駐車場整理をされていました。神宮寺へ向かう道はすべて参加される車のようでした。この日は年回に当たる方の合同法要も兼ねておられたので、受付は塔婆を求める方でごった返していました。たまたまホール前のロビーに高橋住職がいらっしゃったのを見かけたので、あいさつしお土産をお渡しすることが出来ました。法要は土曜日が2回、日曜日が1回の計3回です。全部で800名の方がお参りされると云いますので、一つの寺院での法要としては日本でも最大級です。ここのお寺の法要は普通の法要ではなく、ガムランの音楽と踊りを融合しての法要です。会場へは一番乗りでしたので、300人入るお寺のホールの最前列に陣取りました。

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今日は鳥取因幡組寺院と鳥取因幡組教化団体との連絡協議会が当山で開かれました。教化団体とは鳥取因幡組の中の専門部会のようなもので、鳥取因幡組で全部引き受けるのが難しいので、分類した組織を担う自主組織として作られた経過があります。

教化団体には総代会、仏教壮年会、仏教婦人会、寺族婦人会、青少年研修部、門徒推進員連絡協議会の6団体があり、それぞれが独自会計を持つ関係団体となっています。

連絡協議会は年1回持たれており、鳥取因幡組本体と整合性を保ちながら連携して活動を進めていく役割を持っています。今日は主に活動報告、決算報告を行なっていただきました。1時間40分の会議でしたが、建設的な意見や前向きな質問がたくさん出て有意義な会議であったと思います。

こういう類の会議を積み重ねて行くことによって、組織というのは熟成されて行くものだということを実感しました。

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今まで忖度(そんたく)という言葉を使ったこともなければ、聞いたこともなかったのですが、籠池さんが使ってからあっという間に市民権を得ました。意味としては、相手の気持ちを推し量って話したり行動することを言うようですが、言葉は知らなくても日本人が得意とする分野ではないでしょうか。

日本では先回りして準備したりすると、気が利くとかよく気が付くといって褒められますが、それは相手の気持ちと合致した時であって、相手の気持ちにそぐわない場合は、無関心であったり、余計なことをするなと言われたり、お節介だと思われるのがオチです。

そう考えると豊臣秀吉は忖度の名人であったのではないでしょうか。忖度の名人が偉い人になった場合その下で仕える人は大変です。いくら忖度を重ねても適わないからです。そして最後には自分の意向と違うということで、悲惨な結末を迎えることになります。

忖度が習慣になったものに中元歳暮があるのではないでしょうか。中元歳暮は商取引ではありませんし、単なる贈り物でもありません。挨拶とも少し違うように思います。相手が喜ぶということだけではなく、相手にホンの少しのプレッシャーを与えますし、貸しを作るというような一面もあります。対等でないと感じる場合には同じように中元歳暮をすることもよくあります。忖度は口に出して言ったり、相手に確かめたりすることがありませんので、中には勘違いもあります。勘違いの忖度はするほうもされるほうも問題を大きくする場合があります。そして面倒なものです。さて、この先忖度は流行るのでしょうか、廃れるのでしょうか?

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ハリルホジッチ監督が突然に解任されました。新聞やテレビを見ていないので詳しいいきさつはわかりませんが、あまり歓迎すべきことではないように感じます。いままでやらせておいてあと2か月というところで交代させるのは酷なような気がします。スポーツと言っても勝ってなんぼの世界でしょうから、部外者がとやかく言える問題ではないと思いますが、日本らしいやり方とは思えません。

監督といえども人事権は日本サッカー協会にあるのですから、サラリーマンと一緒で逆らうことは出来ません。ただ自分に置き換えてみると、任された仕事を95%までやったところで急な人事異動が発令され、左遷させられたようなものです。失敗してもいいから最後までやらせろよと言いたいところです。

後を任されたほうもいい気持ちではないと思います。残り5%で劇的に変わるようなものではないと思うので、勝っても負けてもハリルホジッチ監督の評価になるのではないでしょうか。今回の出来事は日本サッカー協会がどこを見ているのかということが良くわかると思います。未来の日本サッカーを考えての決断かどうかはワールドカップ後に判明すると思います。

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先日訪問された方が葬儀とその後も含めてすべて任せるところの話しをしておられました。お寺だけでは対応できないと思っていましたが、お寺が老齢期のサポートや死後の事務処理を担うことが出来れば、それほど難しいことではないと思いました。葬儀後の事務的なサポートをしておられる葬儀社もあります。それであれば、お寺でも出来るのではないかと考えました。

当山にも一人暮らしの方は何名もいらしゃいます。その多くが子供はいるが都会暮らしという方です。距離的な問題もあって、私のほうが子供さんより会う機会が多いという方もいらっしゃいます。

今までお寺は遺言公正証書の作成に携わったことはあまりなかったですが、これを手掛けることが出来れば、お寺の出番はもっと多くなり、持続可能な仕組みづくりにも一役買うことが出来ると思います。遺言公正証書の中に遺言執行人としてお寺を位置づけ、死後の葬儀関連をすべてお寺が担うことにすれば死に関する不安は激減します。執行の責任を持つことで、遺言書に葬儀に関する事柄の委任を受けることが出来、費用も遺言書の中で遺贈の権利を得ることが出来るようになると思います。

田舎のお寺だから出来ることをもう少し掘り下げてみたいと思います。

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今日はお二人の人が相談にお見えになりました。お一方は郡部に住んでいらっしゃる方で、同居していた奥様と義母様を続けてなくされ、子供たちも独立して出ていって広い家にたった人になってしまい、たまらなく寂しくなったと言われました。墓地を探しているときに一人暮らしに絶好の土地を見つけられ、そこに新築されたそうです。以前のお寺からも離れ、檀家にならずに法要だけ勤めてもらえるお寺を探されているとのことです。

もうお一方はご門徒さんのお孫さんでした。お祖母ちゃんに万が一のことがあった場合の相談でした。養源寺では万が一の時のご一報をお寺にいただければ、住職が判断して次の手配とかこれからのことを決めますと言ったら、安心しておられました。自分ですべて判断し、手続きも全部自分がしなければならないと考えると負担ですが、適宜に任務分担することが可能と聞くと心が軽くなります。

最近は、葬儀の問い合わせも多くなってきたので、お寺での通夜葬儀体験会を再度開きたいと思っています。一度体験することで、余裕を持って対処することが出来るようになります。未知への不安は一度体験することで、随分と軽くなるものです。

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今日は5人目の孫の初参式を勤めました。5人目ともなると慣れたものですが、初参式のしおりを作るのはギリギリの当日になってしまいました。朝一に連休中に入仏式を勤める予定になっている仏壇の寸法を測りに出かけました。この仏壇はなくなられたご主人が家具職人さんで、自らが手掛けられたものでした。多分昭和40年代のものだと思います。当時はまだ家具調の仏壇はなかったので、オリジナルだと思います。これに飾りや仏具を組み込んで行くのですがなるべく無駄な経費をかけたくないので、ネットで買ったり仏具屋さんを回って探そうと思っています。輪灯は手作りになるので高価ですから、それ以外を揃えたいと思っています。

連研のしおりの印刷に取り掛かりましたが、なるべくきれいに仕上げたいのでエクセルデータもワードに張り付け、ワードだけで12ページを完成させました。次にA4二枚をA3一枚に印刷する技を使ってパソコンデータから直接印刷しました。

コピー機を使ってA4二枚をA3一枚にし、それを複数ページの連続印刷にすれば同じことが出来るのですが、二度もコピーをすると劣化が激しいのでダイレクト印刷にしています。これもこだわりで完璧にしたと思うから時間がかかるのだと思います。

見栄えが悪くとも大したことはないと思うのですが、寺院の地図があるので劣化させたくなかったのです。これをギリギリ完璧性格と言うのでしょうか。(ギリギリにならないと動かなくて、完璧を求めるため時間が掛かる)困ったもんです。

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今日はお内仏さんの電飾を変えました。お内仏さんのロウソク球が残り少なくなったので、10110MAの球を注文したのですが、製造中止で12110MAの球しかないそうです。これだと少し暗くなるので、この際100Wが使えるように変えてもらいました。昔の仏壇の電飾は変圧器を使って電圧を下げ、消費電力が少なくなるようにしていました。しかしLEDが出来てからのロウソク球は消費電力が0.5Wになりましたので、変圧器で電圧を下げる必要が無くなりました。LEDを使うことでこんなに明るくなりました。

その作業と並行して鳥取因幡組の決算を行いました。昨年の制度変更により本山からの助成金が増えて良好な決算となりました。ほっと一安心です。

第10期連研の受講のしおりがやっと出来上がりました。3月末には受講者の手元に届けるつもりだったのですが、集中力が続かず作業に手間取ってしまいました。全部で10ページですから大したことはないのですが、細かい日程表や寺院の地図を入れ込むのが結構疲れます。ちょっと気を抜くと日にちや寺院名、電話番号、講師名などを間違えてしまいます。以前はそんなことはなかったのですが、年を取ると注意力が散漫になりますが、それも受け入れないとだめですね。

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今日は前住職の祥月命日でした。もう丸11年が経ちます。この間何をしてきたか考えたときに、自分ではそれほど意識していませんでしたが、高橋卓志著「寺よ、変われ」に影響を受けて来たことに気づかされます。

門徒さんへの経理公開、お寺での通夜葬儀、訃報の24時間受付、どれもこの本の中に書かれていたことです。それをこの10年間で実践しました。改めてこの本を読んでみると、付箋と落書きだらけでした。その当時、多く共感して書き込んだものだと思います。前住職と意見が合わないことも度々で悩んでいたのだと思います。この本はそれに明確な道筋を教えてくれました。

そこまでやるのと思うところもありましたが、だんだん消えてきて、当たり前だと思うようになりました。でもなかなか出来ません。足元にも及びません。そんな高橋師が4月限りで神宮寺を退任し、チエンマイ大学へ語学と仏教を学びに行かれるそうです。日本を絶たれる前に是非お話しがしたいので会いに行くことにしました。

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今日は写経会のレクでお昼ご飯を食べに出かけました。今回は河原町牛の戸にある「えばこGOHAN」というところです。何でも大阪でレストランをしておられて、水木金土はこちらでカフェをしておられるそうです。この辺りには牛の戸焼き窯、中井窯、やなせ窯という窯があります。いずれも地元を超えて世界に羽ばたいています。

「えばこGOHAN」は、ご夫婦でされている様子です。地元の食材を使い美味しく調理してあります。きれいな空気と水とご夫婦との会話で心が和みます。ゆったりとした時間を過ごした後、10分ほど車で走って同じ町内にある少し有名な平尾豆腐店で豆腐や油揚げを買い求めました。一度に13人も入ったので、常連さんに迷惑をかけたかも知れません。ごめんなさい。

その後鳥取市内のお寺で行われた鳥取市仏教会の定期総会に出席しました。執行部の報告によると「平成28年度の会費を払ったにもかかわらず、28年度の事業報告や決算報告がなかったので問い合わせをしたが、具体的な回答がないので29年度は会費を払っていない。わかる範囲で調べたが、活動の実態がないようなので今後脱退の方向で進めたい」ということでした。

脱退して終わりということにはならないので、各寺院が拠出した会費がどうなっているのか状況把握をしてほしいと云うことや、県仏教会の今後について協議してもらいたいという意見を述べました。近く県仏教会理事会が開かれるということでしたので、その報告を待ちたいと思います。

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今養源寺境内にある昔からのお墓は、93基ありますが、そのうちの三分の一にあたる30基程度は、今後15年以内に無縁となる可能性が極めて高いと言えます。その墓を見る人が続かないということです。割合の多少はあると思いますが、これは養源寺に限ったことではありません。ということはそれだけお寺を支える門徒さんが減るということです。納骨堂や樹木葬墓地を利用される方もありますが、これとて一代限りのものです。

お寺が立ちいかなくなる時代が目の前に迫ったと言えるでしょう。危機に気が付いて宗派を問わない永代供養墓や納骨堂を手掛けておられる寺院もありますが、宣伝を見る限りではまだまだ少数です。

当山を訪ねて来られる方の中には、子供たちや残った人に迷惑をかけたくないからと、葬儀費用やお布施、更にはご自分の50回忌までの費用を前納出来ないかと相談される方もあります。現状ではお寺だけで完結出来ないことですので、面食らっています。そういうやり方が良いか悪いかは別にして、本気でそう思っていらっしゃる方がおられるのは確かです。亡くなった後のことは次世代に任せるしかないと思うのですが、そこまで生前に考えないといけないのでしょうか。

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今日の新聞に女性保育士が妊娠したため、夫と一緒に園長先生に謝罪に行ったという記事が出ていました。まだそういうことがあるのだなあと思いました。昔は女性が多い職場では当たり前のように行われていたことです。特に決算など繁忙期に出産することはタブーでした。休まれると人手不足になるので、職場のリーダーによって出産時期は決められていたようです。昔は出産ギリギリまで働いて、生まれたら6週間で職場復帰というような状態でした。周りもそれが当たり前というような雰囲気でした。

当時そういうことに疑問を持って女性リーダーと話しをしたことがありましたが、そういるルールを設けないと職場が持たないし、みんながそうして来たということでした。「あなた自身はそれが良かったですか?」と聞いたのですが、それには答えてもらえませんでした。恐らくそれで良かったとは思っていないと思いますが、みんながそうして来たとか、それが当たり前という感覚が先に立って、その時自分がどういう気持ちだったのかということまで思い至らなかったのだろうと思います。自分が経験して嫌だったことは、次から直して行こうという風にはならなかったのでしょう。今はそんなことはないと思っていたのですが、40年前と変わっていないですね。我慢するというのは日本人の良いところでもありますが、次世代に強いるというのは進歩がないことにつながります。悪いことは改め、良いことは続けるという風土を持ちたいものです。

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桜に見とれている間に、4月となり新年度がスタートしました。日本の世の中の仕組みは新年より新年度で動いているようです。今夜はご門徒さんの百箇日にお参りしましたが、14冊のお経本では足りませんでした。また、子供たちが10人もいて法話に力が入りました。春休みなので全員集合だったようです。

いよいよ今月から連研がスタートします。連研とは宗教や仏教、浄土真宗の教えなどを総合的に学ぶとともに、日ごろ感じている疑問や不安を受講生同士で話し合うことの出来る講座です。毎月1回鳥取県東部地区にある浄土真宗のお寺の本堂を使い、1年かけて勉強するものです。私は第3期から関わっていますが、もう10期になってしまいました。年を重ねるはずです。今回は当山からの参加が5名となり、通算で19名となりました。第4期に1名参加したのが初めてでしたので、予想外の人数です。ということは住職が思うより多くの方が勉強したいと思っていらっしやるということです。どちらかというと住職の怠慢ですね。

今回の参加は40代から60代の方々です。だんだんと私より若い方々になっています。それだけ年を取った証拠です。自分では変わらないつもりでいますが、客観的に見るとどんどん変化しているのですね。いつまでたっても自己中心的にしか見えない私です。

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午後の法要が終わって犬と散歩しながら桜を見てきました。当山裏にある眞教寺動物公園の桜が満開でした。花びらの塊りが、まん丸くてもっこりしたような形に見えるのは満開の時だけです。一番最初に咲いた花の花びらがほんの僅か散っている状態の時が一番きれいです。満開というのは8分咲きの時を言います。一本の木の花がすべて同時に開くわけではないので、ピークは8割の花が咲いたときとなります。持っても二日くらいのものです。ですからきれいな満開は明日までと思います。

日本人は桜が好きだと言います。桜が嫌いだという人に会ったことがありません。もちろん私も大好きです。パッと咲いてパッと散るというのが日本人の気性に合っているのでしょうか?それとも待ちに待って楽しめるのがわずか数日ということが合っているのでしょうか?

写真が好きで桜は毎年撮っていますが、満開と青空が一致するチャンスは数年に一度です。桜を撮っていると本当に一期一会だと思います。明日も一期一会の桜を撮りに行きます。

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毎年3月31日が近付くと忘れていることはないかと気になります。もう仕事を離れて10年になりますが、まだ気にしている自分があります。決算というのは時を区切って企業の体力と体格を見るものです。正しい体力と体格を見るためには、食べ過ぎや極端な減量をせず、服も全部脱いで普段通りの企業を見せることが必要です。

決算期は仮受、仮払、立替の仮勘定をなくすことと未収、未払、前払、前受などの経過勘定を消すことに傾注しなければなりません。それをすることで持っている体力や体格がわかります。お寺のような小さな法人では、それがキチンと出来ていなくても問題になることはありませんが、大企業には許されません。一歩間違えば粉飾決算となります。

帳尻を合わせるために二日間の短期借り入れを起こして決算上でわからなくする手法もあります。それくらい決算期はいろんなことが起こるのですが、昔はそれも3月の銀行最終営業日の15時で終わっていましたが、現代はネットバンキングやATMがありますので、3月31日の深夜まで動きが止みません。便利さはキリがないので、ここらで少し立ち止まって、ちょうどいいところを考えて見る時だと思います。
 
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高橋卓志師はお寺が何故公益法人扱いとなっているのかということを考えると、おのずと運営の仕方がわかってくると言います。最終的には世のため人のためにならなければいけません。そのためには秘密の部分があってはだめで、財政もガラス張りにしなければなりません。経理・財務の公開ということです。上場企業は当たり前にデスクロージャーしています。次に100人いれば100通りの葬儀があり、それを勤めようとすれば自前で通夜葬儀が行える施設を持たなければならないということです。そして、檀家のためには24時間受け入れ体制を作っておかなければならないということになります。

お寺で経理・財務を公開しているところはまだまだ少ないと思いますが、公開したほうが収入は増えると思います。わからない部分については、人は勝手に妄想して悪い方向にとらえてしまいがちなものです。公開すれば妄想は起こりません。通夜葬儀についてはお寺で行うことによってオリジナリティを高めつつ遺族に寄り添うお勤めが出来るようになります。お寺の評価がグンと上がることになるでしょう。24時間受け付けは必須ではありませんが、受け付けない時間帯を少なくしたり、受付者をローテーションするなど、負担軽減策を講ずれば、それほど困難なものではなくなります。

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前住職は、お寺を継ぐことによって世間の定年後に素晴らしい世界が待っている、お寺はいいよと言いました。また、サラリーマン時代の親友は、組織内でいくら出世しても退職したら終わり。お寺の住職は生きている限り人に影響を与えることの出来る仕事だよと言いました。

お寺を継ぎたくないと言いながら、継がなくてはならないと心の底で決めたのは、高校生の時でした。前住職が心筋梗塞となって救急車で病院に運んだ時、ダメかも知れないと思った瞬間でした。その後一命をとりとめ元気なったので、また継ぎたくないという気持ちがよみがえったのです。前住職は85歳まで元気でしたから、意見が合わない期間が長く続きました。

お寺を見ていて一番思ったのは、暗い、寒い、痛いというイメージを払拭しなければならないということでした。前住職が亡くなり1年後にサラリーマンを辞めました。一番最初に手掛けたのは境内のバリアフリーでした。手押し車や車椅子で参拝される方が動けなくてこまっていらっしゃるのを見ていました。次に本堂の外断熱を手がけました。真冬は大きなファンヒーターをガンガン焚いても15度までにするのが精いっぱいでした。工事後は真冬でも楽に25度まで上がるようになりました。そして低めの椅子を100脚導入しました。

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敬愛する高橋卓志師から寺報である「未来への遊行帳」終刊号が届きました。師が神宮寺の再建と変革を手掛けられた42年間の軌跡が記載されています。

私は若いころはお寺を継ぎたくないと思いましたし、お寺を継ぐということがどういうことなのかということを真剣に考えたことはありませんでした。両親の生活を見ていて、お寺で食べて行けるのだろうかと不安に思っていた反面、別の仕事を持つことがうれしかったのを覚えています。大きなお寺であれば他のところに就職するということはなく、学校を卒業すると同時にお寺での生活が始まるのでしょうが、幸いなことに共済生協という団体に就職し、社会人や組織人としての学びを深めることが出来ました。生協というのは組合員一人一人の権利や義務は平等です。株式会社のように持ち株数で決定権限が変ることはありません。どちらが良いかという問題ではなく、お寺としてどちらを取り入れるかというやり方で前住職とぶつかっていました。

ある人からもらう、ない人からはもらわないという考え方も理解できますが、基本的なところは同じにしたいという気持ちが強く働きました。それと同時にお寺は何のためにあるのかということを強く意識するようになりました。それから檀家制度の成り立ちや宗教法人の設立目的、憲法との関係、政教分離のことなどを勉強し、自分がお寺を継ぐ意味を求めていく日々が続きました。

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この写真は先日葬儀をお勤めしたご門徒さんからいただいたものです。葬儀となると、必ずと言っていいほど遺影をどの写真にすればいいかということで悩まれると思います。その時に写真を引っ張り出して、その当時に思いを馳せるひとときがあると思います。これは昭和35年4月15日の写真です。よく見ると余間にご遺族と思われる方が座っておられます。恐らく外陣だけでは収まらなくて内陣余間まで使ったのだと思います。100人以上の参拝者があったことが推察されます。

本堂の全景を見ても、当時のお供えは供花ではなく花輪が中心だったことがわかります。また、移っているお墓を見ると玉垣が材木と思しきもので作られていることがわかります。当時の人にとっては何気ない風景だと思いますが、今見ると一枚の写真から当時の様々なことがわかります。現代はデジタルのため経費を考えずに大量の写真を撮ることが可能になりました。今だからこそ当たり前の風景を取っておくことが大切だと思います。記録写真を撮るような気持ちで現代を残していただきたいと思います。

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どんぐり
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今日は寺子屋人形劇場の日でした。午後からは気温も上がり、久しぶりの暖かい休日でした。屋外での行楽も盛んでした。ほとんど宣伝していないイベントで入りが心配されましたが、頃合いの人数が集まり楽しいひと時を過ごせました。劇団どんぐりのマリオネットは、繊細な動きでこどもより大人のほうが前のめりになってしまいました。おかぴょん先生はほんわかしたノリで、こどもたちを引き付けます。とらまる人形劇団は、十六体の人形を三人の操りで見せてくれました。プロフェッショナルはすごい!今回で3回目となり、定着した催しになりそうな予感です。来年は3月24日(日)の午後2時から行います。また元気な顔を見せて下さいね。

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本日無事に葬場勤行、火屋勤行、収骨勤行、還骨勤行、初七日のお勤めを済ませることが出来ました。地元では収骨勤行をすることは少ないのですが、出張したときは必ず勤めます。火葬場でのお勤めは地方によってずいぶん違います。鳥取では大リンも斎場に備えてありますが、尼崎の斎場にはありませんでした。他のお寺さんを見ますと引金をお持ちでした。県外に出るときは持って行かないとだめですね。

鳥取では皆さんが火葬炉の前まで進んで手を合わせますが、ここでは僧侶と喪主だけが進むことが出来ました。火入れのボタンは係の方が押されました。このあたりも地方によって違うようです。数少ない経験ですが、県外に出ますとすべて違うと考えたほうが良いようです。

四十九日や百箇日はご自宅でされるとのことでしたので、西宮の住んでおられる当山衆徒の方にお願いすることにしました。衆徒の方とは不思議なご縁でしたが、関西のご門徒さんとの縁をつないでいただくことが出来そうで、有難いことです。合掌

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今はどこに行っても葬儀会館があって、地域差を感じずに葬儀を行うことができます。今日は臨終勤行、帰敬式、出棺勤行、通夜法要でしたが、土地柄からか浄土真宗が多い様子で司会の方は慣れておられました。
ベルコではありませんが、私もサラリーマン時代に冠婚葬祭互助会の経営に関わっていましたので、施行のやり方を注意して見ていました。
鳥取のやり方と違うところがありました。司会以外のスタッフがきわめて若いです。男女とも結婚式のスタッフのような軽やかでキビキビした動きです。服装も派手目です。よく暗い雰囲気を例えるのに、通夜みたいだと言いますが、もうその言葉は通じないと思いました。90歳を超えての葬儀ですから、暗さを演出する必要はないのかも知れません。往生とは浄土に生まれるという意味ですから暗くなる必要はないので、これで正解かも知れません。
明日は当山の僧侶が助っ人でお見えになります。二人で心を込めたお勤めをしたいと思います。合掌

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県外から訃報が入りました。いつも遠方からお墓参りに来られていた方でした。普段は県外に出かけることもあまりないのですが、今回は通夜葬儀に関西方面へ出かけることにしました。臨終勤行から勤めて欲しいとのことです。法衣も多くなるので車で出かけることにしました。

葬儀会館での通夜葬儀になります。今回はホテルで一泊することにしました。法事と重なる日程ですが、この度は後住が法事を引き受けてくれることになりました。土日や行事と重なったときの葬儀は日程調整に苦労しますが、葬儀は一生に一回のことです。最優先で臨みます。

仏事は地方色がありますが、私は鳥取方式でのお勤めをお願いしています。関西は浄土真宗の盛んな地域ですので、笑われないようしっかりと勤めを果たす気持ちでいます。

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